第3章 マリラ、ミナス・サレに行く
接見の場は本城最上階の大広間だ。特別に用意された部屋は白を基調に青いタイルと直線の装飾が明るく、人々を落着かせた。
カレナードは使節団の中にアライア・シャンカールを発見した。
「女王付き女官がやって来た。マリラは本気で調停に応じる気だ。ああ、マリラ、勝手な私を許して下さい。長い間、どれほど心配をかけたか……」
アライアがちらりと目配せした。その目は『喪服にしては可愛らしい格好ね』と面白がっている。さすが衣装係筆頭のアライアだ。
その夜、歓談の席でアライアはカレナードに女王の手紙を渡した。タジ・マレンゴが目ざとく見つけ、「差し障りがなければ、ぜひ女王の筆跡を拝みたい」と図々しく言った。ジュノアが「プライベートな手紙ですよ」と制したが、カレナードはかまわなかった。
「マレンゴ殿のご依頼により、マリラ女王の文面を披露いたします。
『カレナードの大馬鹿者め、年の半分以上を留守にしおって。おかげで私はミセンキッタ領国主と航空部の某パイロットに責められる身だ。
調停開始式後は一度ガーランドに戻れ。たっぷり仕置きをしてやる。それまでに死ねば殺す、そのあとで死んでも殺す』
以上でございます」
「まあ!」ジュノアが叫んだ「熱烈なこと!」
タシュライは肩を震わせていた。
「いやいや、この手の睦言は聞くに耐えんな。だが、よくやった、マレンゴ!」
カレナードはわざとマレンゴに手紙を差し出した。
「御覧になります?」
「十分堪能させてもらった。紋章人殿、勘弁してくれ。この通りだ」
彼は頭を下げた。クラカーナはニヤリとした。
「これは一本取られたのぅ。紋章人とマレンゴはいつの間に仲良くなっていたのだ?」
笑いが広がる中、グウィネスは借りてきた猫の如く、静かに座していた。
調停開始式は1ヶ月後と決まり、使節団は毎日のようにミナス・サレとガーランドを往復した。
互いに監督団を置き、ガーランドはアーブルカ高原の東70キロメートルに待機、ミナス・サレ軍は全戦力を北の谷に封じ、軍事行動を停止した。調停会場が主にミナス・サレ城であることから、ガーランド・ヴィザーツの護衛飛行艇が常に十機駐留することになった。
浮き船と玄街の調停はアナザーアメリカ中に知れ渡り、戦火にさらされて来た人々はたちまち注目した。この数年で、世界の変化に敏感になった人々はさらに敏感になった。調停が何をもたらすのか容易に想像できないが、ガーランド女王が困難に立ち向かっていることだけは確かだ。
秋の朝、ガーランド女王の大型飛行艇と護衛飛行艇が出発した。
地上と飛行機から報道機関が写真を撮り、生放送をラジオに乗せ、アーブルカ高原近くまで追ってきた。それらが離れると飛行艇は構築コードトンネルに吸い込まれた。
トンネルの半ばでミナス・サレの飛行艇が待っていた。乗っているのはクラカーナ・アガンだった。彼はマリラと十数メートル離れた窓越しに互いを確認し、2人で交わした書簡の暗号を伝え合った。
本城前の滑走路で出迎えるカレナードは、服の下に防弾システムを入れていた。アライアが届けていたもので、マギアチーム開発の特注品だ。
やっと喪が明け、出迎える者は全員が正装していた。カレナードは調停を取り持つ地位にいるとして、ジュノアがエリザに用意させた衣装に身を包んでいた。男性喪装に似た形で、光沢を帯びた灰色にこれでもかと繊細な刺繍が施され、高い襟と被り物は深いブルーグレー、袖の折り返しだけが真っ白だった。
「大袈裟ではありませんか、ジュノアさま」
「大山嶺の祠を祀る神官服を様式化したものです。お似合いよ、カレナード」
傍らのジュノアもミナス・サレに逗留する使節団も防弾システムを纏っていた。最近の大人しすぎるグウィネスに対し、ジュノアはひどく警戒していた。
飛行艇の群れが現われた。クラカーナ搭乗機が滑走路を先導し、次々とガーランド勢が着陸した。今が一番危険なのかもしれない。ジュノアとカレナードは固唾を呑んだ。
大型飛行艇からマリラが姿を見せた。真珠色のドレスに防弾マントを付けている。女官長ジーナ・ロロブリダとベル・チャンダルが脇を固めている。ついでワイズ・フールが従っていた。そしてテネ城市各屋敷の政治次官たち、情報部員のバジラ・ムア、参謀室長ヨデラハンが同行していた。
クラカーナ・アガンは衛士らと共に女王に歩み寄った。
「マリラ女王、初めてお目にかかる。はるばるお越しいただき光栄に存じますぞ」
「アガン殿、調停は戦争より忍耐を要するだろう。互いに力を尽くそうぞ」
2人は握手を交わし、クラカーナは領国府の面々を紹介していった。
「こちらは軍事局長グウィネス・ロゥ。玄街首領でもある」
グウィネスとマリラの目が合った。2人の間に氷のような冷気が弾けて散った。




