第3章 使節団到来
カレナードは小さな棺が並ぶさまをマリラに書いた。
「ミナス・サレは玄街の性質を捨てることになるでしょう。
おさなごを一度に失う惨事で、領国民は悲しみに暮れていますが、それがガーランドへの憎悪に繋がることはありません。アナ・カレントと共に葬儀で祈りを捧げました。その時、市民にはまだ戸惑いがありました。
私は新生児のためにガーランドの誕生呪を授けています。少しずつガーランドを敵ではなく、ヴィザーツ同士として受入れられるのを感じます。私はこの地に残り、あなたが来るのをお待ちしています」
グウィネス・ロゥは表面上は服喪に徹した。領国府がガーランド虜囚を使者として出発させる日に向かって奔走する間、彼女は保安局と警備体制を共有し、大人しく基礎訓練と整備を監督するだけだった。
「紋章人め。仕掛けた毒を見抜いたか、あるいは効かなかったか。今は下手に動けぬわ。暗殺小僧の出番が待ち遠しいことよ」
彼女はフールの癒やせない傷にたんまり塩をなすりつけた。
彼の手に入らない女王と女王が手に入れた恋人。最も効果的な瞬間に2人を殺せ。少なくとも紋章人は確実に。マリラはウーヴァの力で甦るが、一時的には死ぬ。
それでいいのだ。ミナス・サレは調停どころではなくなり、アガン家は大義と面目を失う。アナザーアメリカはすぐに炎の時を迎えるだろう。あのトルチフの最期のように。
不安な平穏の日々が続いた。
アナ・カレントらがガーランドに発ったあと、カレナードは芳翠城4階の産科で誕生呪専門ヴィザーツの仕事を続けた。フール特別隊は密かに引き上げ、ユージュナもベルも去った。
ラーラはユージュナと共に行かなかった。
「医局の手が足りないでしょ? それに学舎生徒の監督官が全員にあなたに誕生呪を唱えてもらえって執政局に要請したの。カレナード、あなたはますます忙しくなるわよ」
急ごしらえの産科遮音室で2人はせっせと隙間を埋めていた。
「ラーラ、学舎の教えはどうなっているの? ガーランドはやっぱり打倒すべき敵なの?」
「何だかねぇ、そこ、保留事項みたいよ。急には現実を認められない感じね。けど、全部なかったことになんて出来ないわ」
「ガーランド・コードを学ぶ人はいるかしら。私以外にも誕生呪を身につけていて欲しい。玄街コードの補修にも役立つかもしれない」
「カレナード! 私よ、私を一番弟子にして! 立候補するわ! あ、でもガーランド女王さまは許可する?」
「人の命がかかる非常事態です。女王にはあとで叱られますから大丈夫よ」
「へぇ、女王さまはあなたに優しいんだ」
「ま、さ、か」
カレナードのおどけた口調にラーラは笑ったが、すぐに真顔になった。
「コード不全の原因が早く判明するといいのに。どこの部署もコード使用に慎重になってる。生活が変わって不便になったわ。変わるってたいへんなことかしらね」
実際にミナス・サレの市民生活は以前ほどの活気がなかった。
「ラーラ、怖がらないで。私も考えている。今度の不全事故は何かきっかけがあったかもしれないから。医局の統計と執政局記録を詳しく調べたいわ」
「ジュノアさまからマレンゴ執政官に頼んでもらうのはどう?」
カレナードは手を休めて考えた。
「医局勤めの一員として頼みます。アガン家を利用し尽くす女と思われたくないですから」
短い夏が過ぎ、高原に早い秋が始まる頃、ガーランドから使者が来た。アガン家が贈ったトンネル通過許可証を携えた使節団だ。団長はアナ・カレントだった。本城前の滑走路に調停儀礼用の美しい飛行艇が着陸した。
服喪期間中のミナス・サレに、控え目ながら歓迎の音曲が流れた。相変わらず白い衣装の人々が期待と不安の入り混じる顔で飛行艇と一行を見ていた。市民たちはヒソヒソ言い合った。
彼らは程度の差こそあれ、調停に興味津々だ。
「ガーランド・ヴィザーツがコード修復に協力するものか」
「いや、産科勤務の看護師に聞いたが、向こうの誕生呪は安定しているともっぱらの評判だ」
「敵だった奴らが、そうそう友になりに来るか。甘い考えだ」
「合同葬儀みたいなことはもう嫌だ。あれは玄街の罪に対する罰と思えてしかたがない」
「勝手に弱気になってろ」
「傲慢で死ぬことだってあらぁね。オレは姪と甥を亡くした。サージ・ウォールの毒のせいと言ってた奴は誰だ?」
「あれは根拠のない噂よ。それを信じたのは私たちが無知な証拠やね。調停に参加すれば、見えてくるものがあるんじゃない? ミナス・サレは外界を知らなすぎるわ」
タシュライは軍事局所属の衛兵を指揮しつつ、配慮を怠らなかった。何かあれば大変な失態であり、ガーランドに貸しを作ってしまう。ミナス・サレに不利益をもたらしてはならないと、彼は硬く決心していた。




