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第1章 テッサの知らない愛

 女王の館に久しぶりに灯りがついた。主が戻ったのだ。

 テッサの好奇心が動いた。

 私邸の女王はどんな顔でいるのか。ローザが示唆した調停による影の支配者ガーランド女王。領国を隷属させるアナザーアメリカ法を押し付けた者。アナザーアメリカンにコード使用を禁じた者。その姿をこっそり見たい。


 その時、カレナードがテラスを駆けた。その先にマリラがいた。2人は抱擁し、唇を交わした。マリラは恋人の髪を撫で、カレナードは女王の胸に頬を置いて香りを吸った。女官たちは仕事をしつつ、恋人たちの気配を背中で見ていた。それは温かな光景だった。テッサが初めて目にする愛だった。


 ミセンキッタ大河で両親を失って以来、テッサはララークノ一族の傀儡領国主だった。一族の冷たい女に囲まれ、彼女はテネ城の囚人になった。後見の領国主代官たちは成人前の彼女を消す用意さえしていた。

 強運が彼女を生かした。強運とは家庭教師ローザ・ルルカだ。西方ララークノ家の推挙でテネ城に現われたローザはすぐにテッサの周りに防御体制を構築した。

 母と姉と有能な教師にして近衛の長、そして年上の友人の顔を巧みに使い分けるローザに寂しい子供は魅入られた。


「召使の誰一人信用できず、周りは全て敵と考えた。苦しかった。それを救ったのがローザだった。ああ、ローザ、私を鍛え励まし、愛してくれた。私はまだそれがまことと信じたい。だが、彼女の愛はどういう愛だったのか」

 木々の間から盗み見たマリラとカレナードの抱擁は少女をその場に釘付けにした。女王と愛人は胸を合わせ額を合わせ、互いの無事を確かめ合っていた。それはローザとテッサの間にあったものと同じようで違っていた。

「何が違うと感じるのだろう。あの2人は……」


 彼女はもう一度テラスを見上げた。その瞬間、カレナードと目が合った。

「しまった!」

 マリラは庭園を見遣っている恋人の頬を撫でた。

「ララークノ家の女が気になるのか」

「ええ、離宮に灯がないので散策なさっているかと」

「では我々も歩こう」


 テッサは駆けた。が、暗く入り組んだ生け垣で迷った。シュッと衣擦れの音がして、女王と紋章人が生け垣の向こう側に来た。テッサは息をひそめた。カレナードの声がした。

「しばらく大宮殿の控室で寝起きなさいますか」

「情報部と参謀室は総動員の二交代制で、トペンプーラは5時間しか眠れぬ。テネ城市警察隊の動きは良い。

 問題は玄街の残党と領国府の新体制だ。さいわい危機感があった議会と中堅官僚らは自浄作用が期待できるとアンドラ情報部長が言っていた。あとはテネ第一ヴィザーツ屋敷を総入替え処分にせねば」

「駄目でしたか」

「話にならぬほど駄目だったな。新ヴィザーツ屋敷と第二・第三屋敷は玄街間諜げんがいスパイの闘いによく持ちこたえた」


 耳を澄ませていたテッサの頭上に濡れて冷たい何かが落ちた。

「ひやああああッ!」

スカートに白い蛇が乗っていた。カレナードは生け垣の隙間からランプを射しかけた。

「テッサ嬢、動かないで。ほら、ラグーン、お帰り。お客人を驚かせないで」

 白蛇はゆっくり生け垣の奥へ消えた。テッサは震える声で「ラグーンて」と訊いた。ランプを持った女王の声は柔かかった。

「あれはこの庭の守り神だよ。害はないゆえ安心しなさい」


 カレナードは腰が抜けかけているテッサを支えた。

「一緒に夕餉をいただきましょう。マリラさま、彼女を招待して下さい」

少女は慌てた。

「いや。私は、せ、正装でないし、蛇に触ったし、女王と紋章人の邪魔をするつもりはない。帰ります!」

数歩行って振り返った。

「い、いろいろと御無礼をした。ゆ、許されよ、マリラ女王。今宵は独りで考えたい」


 カレナードが差し出したランプを無言で受け取り、少女は小走りに離宮に向かった。その後ろ姿にマリラがつぶやいた。

「彼女の傍付きは全員玄街ヴィザーツだった。他の家庭教師も然り。そなた、替わりの適任者をどう選ぶ」

「第一屋敷の総入替えを含めてですが、ヴィザーツとアナザーアメリカン双方に身を置く外れヴィザーツ屋敷の応援を頼んではどうかと。人口の多いミセンキッタは至る所に外れ屋敷がありますから」

「なるほど。外れ屋敷に与える新規コードを準備するか。そして、そなただが」

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