第3章 合同葬儀
オルシニバレ屋敷を仕切って来た女はカレナードに同性の親しみを隠さない。1年近い収監で痩せていたが、元気はあった。
「どうかいじめないで下さい、ミシコの母上。顔から火が出ますから」
「あら、息子が度々あなたを屋敷に連れてきて嬉しかったわ。シェナンディ姉妹も一緒に地上配備訓練を務めた半年、あれはいい思い出よ」
「マヤルカ・シェナンディはあなたを母として慕っています」
「ええ、厳しい訓練によくついてきたわ。マリラさまから手加減無用のお墨付きが来ていたの。やり甲斐あったわ」
「や、やはりそうでしたか」
「あなたが思う以上に、女王はあなたを大切に想っているのよ。今回の調停事始めもマリラさまは驚きこそすれ、あなたを責めないわ。ただ、首に傷跡が残りそうね」
アナは長い指でそっと紋章人の首に触れた。
「マダム・カレナード、ここに残る気でしょう。女王をミナス・サレに迎えるために自分を犠牲にするつもり? ガーランドが調停を拒否する可能性を考えた?」
「少しは……」
「いいえ、少しも考えなかったはずよ。訓練の時に注意したわ、一途に突っ走りがちなところがあると。アガン家が応じない時はどうするつもりだったのかしら。でも……」
急にアナは沈黙した。カレナードは待った。
「でも、良くやったわ。この数ヶ月でクラカーナ・アガンがまるで別人だわ。私たちでは出来なかったことよ」
「時が来たと感じたのです。私は……間違ったことをしているのかもしれませんが、ジュノア・アガン副領主の意図を知り、時が来たと。それにあなた方を冷宮区から解放し誕生呪を使うために女王の名を出した。越権行為です」
紋章人は微かに震えていた。
「確かに越権行為ね。しかも確信犯。困った人だこと」
アナの手がカレナードの左手を優しく包んだ。
「ずっと1人で綱渡をしてきたのでしょう。ここから先は私たちが加勢します。ガーランド派遣員として必ず女王を説き、調停開始式を開きましょう。ガーランド・ヴィザーツなりに玄街への恨みはあっても、それはそれ。今は冷静に分ける時が来たのよ」
3日後、合同葬儀が行われた。コード機能不全の犠牲者全ての棺が大広場に安置され、歌劇団が追悼の詠唱をした。白い喪服の群衆は共に詠い、むせび泣いた。クラカーナ・アガンは喪服の袖とマントをひるがえし、領国民に告げた。
「機能不全事故の原因を突き止めない限り、我々は安心して眠ることも子を産むことも出来ない。
ミナス・サレ領国創設以来の危機に当たり、私はひとつの決心をした。我々のコードを根本から精査し、改めるべきは改め、止むべきは止む。玄街としての我々はとんぼ返りを打つ時が来たのだ。
歴史は変わるだろう。ミナス・サレ領国はガーランドと調停を行い、コード改変と当面の誕生呪に関する協力を得る必要がある」
生放送の城内ラジオを聞いた民は一様に驚いた。広場の群衆のざわめきを手で制し、クラカーナは続けた。
「9000人近い機能不全症患者を救ったのは、たった7人のガーランド・ヴィザーツだ。これを認めぬことなど出来ようか。彼らは、将来において戦士となる子らの命を救った。敵対者であるにもかかわらずだ。
彼らは救えなかった者のために祈りを捧げると申し出た。ガーランド代表、カレナード・レブラントとアナ・カレント殿だ」
ジュノアが先導して広場正面の祭壇に2人が進んだ。鐘と角笛が鳴った。
2人はミナス・サレの正式な喪装だった。襟足が高く、袖に大きな折り返しがあり、すとんと長い白衣。高く持ち上げて二つに分けた独特の髪型。分けた房には白い布が結ばれ、死者の魂を送る役目があるとされた。群衆は2人の礼拝を注視した。
歌劇団のエリザが特訓しただけのことはあった。カレナードとアナはアナザーアメリカで他に類を見ない独特の礼拝を優雅に、そして心を込めて行った。
祭壇の前で跪き、体を折り曲げて額を床まで下ろす。腕は横に張り、大きく見せねばならない。それを3度繰り返し、祭壇に香を捧げる。香は細長く切った紙で、大きな火鉢に向かって腕を振り上げては、糸のように投げ入れる。
それが終わると再び跪き、大地の霊と死者の魂に最大の敬意を捧げた。2人はゆっくり後ずさり、歌劇団と共に詠唱した。
「青い夜が降りてくる、精霊の夜は玉蜀黍の畑に、冬小麦の畑に。
白い夜が降りてくる、精霊の夜は鎮魂柱の上に、みどり児の屋根に。
大山嶺の大霊に魂の安息を託す。永遠の安息を。誰もがいずれ行く、その場所に」




