第3章 呪縛か解放か
ラーラは頷いた。
「私もここにいる。父さんを助けなきゃ。調停するなら戦いはないわ」
「できる限りの事をしますが、油断できません。誰かが引き金を引いてしまえばお終いになるかも」
「そうなの?軍は統制が取れていると言うけど……」
ラーラは頭を振った。
「そうよね、明日のことなんて分からない。昨日の朝にはこんなひどい事が起きるなんて思いもしなかっ…」
少女はカレナードの脇腹に顔を押しつけて泣いた。
ベルとユージュナが密かに去ると、代わりにワイズ・フールが本城に向かった。
夕暮れ時で、それまでに執政局には犠牲者の数と芳翠城に送られた患者数が報告されていた。
マレンゴ局長は青ざめた。死者は0歳から21歳まで300名以上にのぼり、重症が400人、芳翠城の要経過観察者だけでも4500人近い。
ミナス・サレの7歳以下で無事だった子供は数えるほどで、念のために数日中にガーランドの誕生呪を授けることになった。
「この状態でガーランドに戦は仕掛けられまい……グウィネス殿とて時期が悪いくらい分かるだろうが、突然死の原因がサージ・ウォールの毒と吹聴した責任をどう取るつもりか。
いや、はぐらかすに決まっている。私に押しつけるに違いないが、それくらいなら医局にお鉢を回してやる。くそっ!」
やみくもに机を叩いているところに、クラカーナが入室した。
「マレンゴよ、お前も心を痛めているのか。それともこの不幸に怒っているのか」
「は! ……は、領国主殿。耐えがたい屈辱につい拳を上げてしまったまでです」
「何が屈辱なのだ」
「我ら玄街のコードの脆弱さ、そして敵であるガーランド・ヴィザーツの力を借りねばならなかったこと。これほどの悔しさがあるでしょうか」
「お前がガーランドの調停を憎悪するのは儂もよく知っている。メイス三領国の紛争調停でマレンゴ一族は生業を失い、煮え湯を飲まされた。
お前は若かった。若かったゆえにつらさばかりを大きくしたのではないか。玄街に身を置いて溜飲を下げるどころか、グウィネスに焚きつけられたくちではないのか」
「無礼を承知で申し上げますが、領国主殿とて同じくちでありましょう」
クラカーナはじろりと目を回した。
「そうであった。まるで催眠術にかかっておったわ。グウィネスにしてやられたのだ、タジ・マレンゴ。儂は玄街であることにこだわりすぎていた。今回の惨事は我々に変化をもたらすだろう。
ところで、グウィネスはどこだ。軍の衛生兵に動員をかけるぞ」
「連絡が取れません」
クラカーナは芳翠城からの分厚い報告書で机を叩いた。
「ならば北の谷でも工廠でも、直接行って探すのだ。そして領国主の命令として衛生兵を連れてくるのだ。医局の疲弊ぐあいを想像できんのか!」
マレンゴはハッとして副長を呼び、クラカーナの命令書を片手に飛び出していった。
「早く目を覚ませ、マレンゴ。さて、保安局長に相談だ。捕虜たちは命の恩人、それなりに遇せねば領国の恥となろう」
グウィネスは北の谷から歩いて本城へ向かっていた。専用飛行艇を使って目立ちたくなかった。風が吹き抜ける天蓋と天蓋の狭間では頭からベールを被り、その頭の中は調停をなし崩しに、いや、木っ端みじんに潰す策謀が渦巻いていた。
彼女は水道橋が芳翠城と本城に分岐する下で、見覚えのある背格好に出会った。だが、ミナス・サレで見た背中ではない。
「おい、そこの小男。どこの者だ!」
フールはみぞおちに鉛の塊を感じた。この声は自分を縛る呪いだ。玄街の魔女に呼び止められるとは何たる不運。だが、抗うことが出来ぬ。グウィネスを真正面から見る度胸くらいはあると言いたげに、ゆっくり振り返った。
「少しは背が伸びたか、暗殺小僧」
「お、お久しゅうござる、首領殿。御存知どおり任務は失敗、顔向けできぬ身ながらミナス・サレ見たさの一心で」
「ほほぅ、マリラに飼われ骨抜きにされた玄街のクズめ。ここで会ったのも何かの縁。歓待してやろう」
フールは歓待の意味を知っていた。逃げるにしかず。が、逆に体の自由を奪われていた。グウィネスの細い鞭が両足に絡みついた。
「ひぃえ、お許しを。小生は哀れな道化にすぎませぬ」
「使い道をやろう。こやつを連行しろ」
グウィネスの親衛隊がフールを後ろ手に回した。
「小僧、ここで死にたくなければ喚くなよ」
魔女の一行は暗く沈んでいくミナス・サレ城の隠し通路に入って消えた。
領国府はガーランド・ヴィザーツらを芳翠城最上階へ移した。
シーラ医師宅に隣接する一画が新たな収監所で、冷宮区の牢獄に比べれば天地の差があった。風と光があり、眺めは良い。彼らは十分に休息し、紋章人がミナス・サレを調停の席に引っ張りだしつつあると知って驚いた。
アナ・カレントを除いて。彼女は喜んだ。
「紋章人ならやりかねないことね。ヤケを起こして飛行艇を奪取するわ、女王代役を務めるわ、訓練生時代にやらかした事は語りぐさよ。そうでしょ、マダム・カレナード」




