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第3章 ガーランドの誕生呪を

 シドの声に絶望が滲んだ。

「玄街コードの特徴だ。ガーランド・コードとは性質が違う。ナノマシンを固定的に動かすというより、誘導するやり方なんだ。そこに揺らぎが生じやすい」

「再度使うとどうなります」

「揺らぎが増大して、生命活動を保てなくなる。少ないが試した例もある……どれも即死だった。起動コードを不用意に使った結果だ」


 ジュノアが絞り出すように声を発した。

「シド・シーラ、夫の死もこのようなものでしたわね。私はもう誰もこんなことで失いたくないの。医局で解析して修正のめどが立ったコードを使って欲しい、この子に! 

 それで駄目でも、あなたを恨みません。どうか手を尽くして。母親の願いです」


シドはゆっくり首を振った。

「いけません。修正コードはまだ未完成で、それこそ命を奪ってしまうでしょう。医局の誰も、お子さまにそれが使えないと知っています」

「では、どうしろと? 他に方法は? 私たちのコードが子供たちの命を奪うの?」

 ジュノアはガラス越しに医局を埋め尽くした瀕死のおさなごたちを振り返った。

 その眼は必死で救命の手立てを探し、やがてカレナードに焦点を合てて止まった。

「あるわ! ガーランド・コードがあります! カレナード・レブラント、ガーランドの誕生呪を唱えて!」


 カレナードは恐怖に襲われた。

「私はコード研究の専門家でないのです。揺らぎの幅にガーランド・コードが効くのか、まったく分からない。それにガーランドの甲板材料部の実証実験では両方のコードを同時に唱えると、不慮のエネルギー暴発が起こる事案があったそうです。ジュノアさま、私には出来ません」


 ジュノアは諦めなかった。

「ええ、あなたが何を恐れているか、よく分かる。

 私たちは私たちの理解を超えたものに、ナノマシンに生かされているのですから。非常に危うい世界に生かされていて、扱い方ひとつを間違うことが許されない。

 そして玄街コードの遣い手は明らかに何らかの過ちを犯した。そのために数百人の子供たちが死にかけている。

 カレナード。考えてみて。

 8年前、あなたはグウィネスが5人がかりで仕掛けた玄街コードを全身に受けた。とびきり強烈なコードを。そのあと何回ガーランド・コードをその身に浴びたの? あなた自身もガーランド・コードを唱えてきたでしょう? そして無事でいるわ。


 二つのコードを同時に唱えることがないよう、必要なものはすぐに用意します。やってちょうだい。

 あなたが最後の希望です。坊やの命をあなたに託すわ。何があってもあなたを責めないと誓います」


 ジュノアはこぼれ落ちそうな涙をこらえ、伸ばした両手で紋章人の肩を抱いた。 

 カレナードは即断した。

「遮音室か防音設備が必要です。シドさん、蘇生に要るものを全てその部屋に置いてください。息を吹き返す際に喉が詰まることがよくあるのです」


 クラカーナは短く「頼む」と言った。

 シドは医局の奥のリネン室の内部をうずたかく布の壁で積んで遮音室にする間に、指示を飛ばした。

「今から30分間、医局にコード使用禁止を徹底させろ。城の全館放送を使え」


 クラカーナが連絡マイクをよこすよう身振りで示した。

「シド医師、放送は儂がやろう。コード使用禁止は領国主厳命とする」


 準備は10分で整った。カレナードは赤ん坊の身丈を指さし、ガーランドの誕生呪を唱えた。

「 Ni.darqiff.yvfana.vincirhuo. ニ・ダーキフ・イファナ・ヴィンチーフォ」


 とたんに、カレナードの首の拘束具がギリギリ音を立てて締まり始めた。

 鎖骨の上にあった留め金があっという間に首元に迫り、容赦なく紋章人を絞め殺す短さになっていく。カレナードは悲鳴を上げる暇もなかった。ポケットからペンチを出したが、使えなかった。彼女は両手で拘束具をつかんだまま床に倒れた。


 拘束具を止めようとジュノアの手が加わった。

「シド! ペンチを取って! カレナード、死にたくなければ上を向いて!」


ジュノアはわずかな隙間にペンチを差し込んだ。

 カレナードの首筋に傷が付いていった。彼女の息は止まりかけ、喉の奥から声にならないものが微かに上がり、指先が震え始めた。


「ええい!」

ジュノアの掛け声と共に拘束具が折れた。

 クラカーナが素早く折れた端を掴み、首に刺さる前にもぎ取った。意識を失ったカレナードの胸を、ジュノアの腕が何度も押す。


「父上、気道を頼みます!」

クラカーナは紋章人に息を吹き込んだ。5回目でカレナードは小さく声を上げた。それから激しく咳き込んだ。首に輪の痕が赤く染まり、ペンチの傷から血が流れていた。


 シドが酸素吸入のマスクを引っ張ってきた。

「グウィネスめ、我々を騙したな。拘束具を付けていてもガーランド・コードを10回は唱えられると嘘をついた」

シドはカレナードの脈を診てマスクを当てた。

「これをあんたに使うことになるとは」


 カレナードは赤ん坊のベッドを指した。シドは頷いた。

「安心しろ。ガーランドの誕生呪は効いたぞ。ジュノアさまのお子はもう自発呼吸している」

 カレナードは必死で起き上がろうとした。

 まだ数百人の子供に誕生呪を授けねばならなかった。

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