第3章 再会、母と娘
「サージ・ウォールの毒でないとしたら、何だ」
「それが分からないゆえ医局はコード再分析を始めました。兵站局と工廠局から人員を回すよう請願が来ています」
「難しいな。軍事局の要請優先は断れまい」
「父上、兵士のためにも医局に人が必要です」
「我らのコードに何か不備でもあると言うのか、ジュノア」
「カレナード・レブラントに聞いたのです。北メイス領国はサージ・ウォールに接していますが、毒はないと。冷宮区の捕虜たちにも確認しました。彼女の言葉に嘘がないなら、残る可能性は我らのコードです」
クラカーナは唸った「ううむ」
が、判断は速かった。
「医局を優先する。軍の人員は大山嶺の向こうから呼ぶとしよう」
ジュノアも酒杯を取った。
「英明でございます、父上。で、レブラント虜囚はいかがさなるおつもりで」
「彼女はセンキッタの政治機構を熟知している。話は通じる女だ、我らが勝利のあと役立ってもらおう。グウィネスもガーランドを屠ってしまえば、紋章人の命までは取らんよ」
「いいえ、油断はなりません。彼女の私怨は狂気を帯びています。邪魔する者を排斥しかねない勢いです。
彼女は煩雑な政治を父上に任せ、軍備に心血を注いでここまで来たのです。ガーランドを落とせば、領国主の座に収まる気がないとは限りません」
ジュノアの腕の中で赤ん坊は眠っていた。
「グウィネスがこの子に向ける眼の冷たさときたら、まるで氷の刃のようです」
「ジュノア、儂に疑心暗鬼を起こさせたいのか」
「いいえ。ミナス・サレはグウィネス1人のものではないということです」
父は再び言った「案ずるな」
フール特別部隊は予定通り集合していた。
「想像以上の大収穫でございますがね、肝心の紋章人に玄街協力疑惑が急浮上。なんですか、この新聞記事は!」
バジラ・ムアが兵站の工場で見つけた紙面には、歌劇場で肌を晒して舞うカレナードの写真が載っていた。
伸び伸びとした姿態を見詰めながらムアは言った。
「隊長、よく読んで下さい。領国主推薦の特別出演ですから、彼女はミナス・サレの中枢に入り込むのに成功したと見ていい。
本城の牢獄に閉じ込められてるわけじゃない。芳翠区小城の最上階で毎日踊ってたところを歌劇団のエリザ・トリュなる芸術監督にスカウトされた。つまり特別待遇です。
これだけ踊ってりゃ、洗脳や拷問はなかったでしょう。まぁ、協力してても見せかけです。情報部でかなり訓練してやりましたからね」
ユナの眼は新聞の写真に釘付けになった。ガーランドで救出対象者の写真を見たときと同様、カレワランの面影がそこにあった。
「皆さん、芳翠城の最上階に私の娘が住んでいます。本城の医局長シド・シーラの養女になって彼と暮らしています。おそらく紋章人はシーラ家の一室か、そこに近い場所にいるはず。ただ、公演の翌日からベランダで踊る姿がありません」
フールはユナにシドか娘と接触するよう命じた。ムアには情報部特製の送信機を使うよう指示した。まとめた情報をガーランドに送らねばならなかった。
「この信号が玄街の情報網に引っかかったら、皆さん、各自で潜伏か脱出です。覚悟はお宜しくて?」
翌朝、ユナとベラは芳翠城に入った。シーラ家にはラーラがいた。ユナは娘が声を上げる前にベラと共にさっさと居間まで押し入った。
「母さん、どうして」
「ラーラ、私は秘密の任務で戻ってきた。誰にもユージュナ・マルゥがミナス・サレにいると知られてはいけないの。分かるわね?」
母と娘はやっと互いを抱きしめた。
「カレナード・レブラントはどこなの。彼女の友人を連れて来たわ。こちらはベラよ」
「母さん、ベラさん。カレナードはアガン家に呼ばれて、さっき衛士とエレベーターに乗ったわ。1週間前にグウィネス・ロゥに本城でひどく殴られたの。命を狙われてる。彼女が私の従姉って、母さんは知ってたの?」
「やはり……カレワランにそっくりですもの。そう、あなたはカレナードを助けたいのね」
ラーラはもう一度、母の胸に顔を埋めた。
「彼女と友人になった。そうだ、父さんが夜勤から帰るわ。迎えに行って来る」
母は小さなメモを渡した。
「冷宮区の情報がもっと欲しいの。シドにそっと見せて」
ラーラが出かけ、2人が木格子の部屋を調べていると呼び鈴が鳴った。ユナは素早く動いた。
「ベラ、静かにこちらへ」
2人は台所脇の納戸に隠れた。錠の解除コードを唱えたのはグウィネスだった。彼女は台所を一瞥し木格子をくぐった。スカートの襞から出した小瓶の中身をベッドに撒き、音もなく去った。
すれ違うようにラーラが戻ってきた。彼女は木格子をくぐろうとした。
「ラーラ、止まって!」
ユナは大急ぎで娘を抱き留めた。ベラは簡単な試薬でグウィネスが撒いたものを分析した。
「遅効性の毒物です。皮膚と呼気から吸収されます。始末しなくては」
ラーラは震えていたが、ユナの存在が彼女を強くした。
「母さん、必要なものがあれば調達してくるわ。ここは医療棟だもの。それに父さんもすぐ来る」
そして彼女はハッとした。
「ベラさんは……ガーランド・ヴィザーツでしょう。母さんはガーランドの人になった。そうなのね?」




