第2章 ミナス・サレ潜入部隊
7日後、塩湖上空に浮かぶ巨船からサージ・ウォールに向けて雷鳴の如き砲撃訓練の朝が来た。
黒く光る旗艦メジェドリンを先頭に、藍色がかったエルマンディ、緑迷彩のセレンディ、血の色をしたアガート、黒の中にオレンジの縞模様も禍々しいマンダリンが北の谷から出航し、玄街ヴィザーツは歓呼した。
巨船の周囲には70機の高速飛行艇と50機の大型戦闘機が展開し、しんがりは兵站輸送機10機が勤めた。
シドは医局の窓から厳しい目を向けていた。
「ミナス・サレ本城から衛生兵を連れてったら、ここの仕事が回らないのを知っているくせに。そう簡単にガーランドを落とせるものか」
クラカーナはジュノアと共に、領国旗を高々と掲げた奥宮テラスにいた。
グウィネスは旗艦艦橋で号令を発した。
「砲撃テスト終了後、ガーランド攻撃訓練に入る。各砲座は最終点検だ。本日があの憎き浮き船を終わらせる始まりの日だ。ガーランドは物理バリアを持つが、船体下部のハッチ類は非常に弱い。またバリアは砲弾を弾いても、荷電粒子を浴びた部分は一時的に脆弱だ。そこを突き、ガーランドすべての滑走路を破壊する。
向こうのトール・スピリッツは非常に手強いと覚悟せよ。本来は儀仗用機械人形ではあるが、武装したトール5体はこちらの戦艦1隻に相当すると思え。ただし、数が限られてるのがトールの弱点だ。現在確認されているのは10体、練習機が15体。まず、これらを落さねばならぬ。
ガーランドが艦隊編成となれば、我らは艦隊戦を仕掛けることとなる。その場合、奴らのバリアは極めて脆弱だ。飛行艇と戦闘機の諸君は編隊をもって、奴らの小さな巡洋艦を沈めよ。残る母艦は最後の獲物とする。
いずれにせよ、各地ヴィザーツ屋敷からの増援が来るだろう。それに向けては大山嶺南回りから配備した飛行艇部隊が対処する。
本日は兵站部が構築コード製のデコイ・ガーランドを用意した。諸君、誇れる腕を競いあえ!」
ミナス・サレ南方の小麦の穂波の向こうから、キラキラと輝く半透明のガーランドが現れた。3000メートルのデコイは塩湖の南端で止まった。クラカーナは旗艦メジェドリンからの通信を受け、テラスから信号弾を打たせた。オレンジの信号弾が塩湖を横切り、演習が始まった。
塩湖に面した天蓋内は大勢の市民が詰めかけていた。
大山嶺の東側で調停の不遇を受け玄街に身を投じた者、迫害されミナス・サレに救われた者、理不尽な運命に生きた者、アナザーアメリカ法とガーランドに復讐を望む者たちは軍事部の用意した光景に泣いた。多くの者が老人だった。次の世代は玄街の理想のために力を尽くすと誓いを新たにした。
同時刻、ガーランドからワイズ・フール率いる特別部隊が大山嶺を抜けた。偽装飛行艇はまんまと山襞に隠れ、その日のうちに部隊3班、総勢10人のガーランド・ヴィザーツが潜入に成功した。正確には、もう1人、寝返った玄街ヴィザーツが行動を共にしていた。
サージ・ウォールに弾薬が雨あられと打ち込まれ、爆音が轟く。
フールのおちゃらけ魂は「たーまやー」と叫びたがっていたが、それどころではない。部隊員たちは素早く飛行艇にカモフラージュを施し、衣装の下の装備を確認した。
「ドルジンの野郎、情報部員にゃ向いてねぇ。玄街の警備隊だかメンテナンス部か知らねえが、トンネルで鉢合わせするところだったぜ。しかし、潜入するには良いタイミング。誰もこちらを見てくれない。ベラ・チャル女史、ユナことユージュナを頼んだぞ」
ベラと呼ばれたベル・チャンダルは、元玄街工作員ユージュナ・マルゥと組んでいた。
「ミナス・サレ本城は任せて下さい、隊長」
「よし、ベラの班から出発だ。10分置いて2班は工廠拠点と兵站拠点へ向かえ。15分後に小生ら1班が出て、兵器関係を探る。明日の午後8時、ここで会おう。それとガーランド・コードは使うなよ。ヒロ・マギアによると玄街コードとの併用状態はよろしくないらしい」
ベラとユナはチュニックとズボンを着て頭巾を巻いていた。女性市民に多い姿だ。
「ユナ、あなたが居なかったら私たちは黒装束の怪しい集団になってたわ。ミナス・サレは大山嶺東麓と変わらない感じよ。
でも風は凄い。ほら、砲撃の煙があんなに早く流れて消えてる。サージ・ウォールから40kmだもの、天蓋がなければ小麦も作れないわね」
ユージュナは目立つ女ではなかった。どこにでもいる中年を迎えようとしている女の風情だ。が、歩みは早かった。
「ベラ、あなたにだけ教えるわ、私は娘がいる。13歳になってるはず。あの子を戦から逃がしたい。紋章人を連れ帰る時、あの子も一緒に」
「ガーランドに付いたのは娘さんのためね」
「それもあるけど、私は甲板材料部の実験に参加して、つくづく思い知った。グウィネスのやり方は非情すぎる。あなたはミナス・サレ生まれじゃないから知らないでしょう、ガーランドに情報を渡さないためにミナス・サレ出身者は捕まれば自害あるのみ。皆は救いの手が来ない恐怖に縛られているのよ」




