第2章 怨嗟の行方
カレナードは黙っていた。口を開けばさらに魔女の遺恨は燃え上がるだろう。クラカーナも各局の長たちも同じことを考えていた。
「私はトルチフがガーランドの砲撃で燃え上がる数時間前まで兄たちといた。彼らは領国の最期を伝えよと、私を含む一族の数名を逃した。
忘れようがない。ガーランドの船体は今の半分にも満たぬ規模のくせに、容赦なくトルチフを焼いた。凄まじい熱と炎、二つの領国は5日間燃え続けた。祖先の土地に残った者は土地と運命を共にした。
忘れようがない。私は炎に追われるように故郷を去った。ミセンキッタ領国を目指した難民は緩衝地帯で倒れていった。何の救いもなく数万人が土に還った。その方が幸いだったかもしれぬ。トルチフの民は行く先々で疎まれたのだからな。
ガーランド……ガーランドだけが無傷だった……。女王は地上を遠く離れ、滅んだ領国に罪を着せた。あの女だけが無傷だった……」
グウィネスの靴音が冷たい音を立てた。
「私はかつての名を捨てた。かつての誇りを捨てた。分かるか、紋章人! ガーランドに乗り込むためだ。マリラを殺すためだ。私はお前がしたように命を捨てた。そのためにウーヴァに喰われずに済んだのだ」
「ウーヴァに会った……と?」
「暗殺に失敗してなぁ、あの女め、私を暗い部屋に放り込んだ。ところが、とんだ僥倖よ。偉大なる大精霊ウーヴァ! あの地霊は私を殺さなかった。それどころか、不死と力を与えさえした。
マリラは毎年春分の『生き脱ぎ』で、ウーヴァに血肉を捧げておろう。さぞ苦しかろう。私には幸運にもそれがない。ざまをみるがいい、マリラ・ヴォー! もうすぐだ、もうすぐお前を血祭りにあげてやるぞ! 浮き船の終わりは始まっている。終わりの日は近いぞ!」
マレンゴは目を背けた。彼は玄街の信念にすこぶる潔癖だが、その潔癖ゆえにグウィネスの怨念を直視できなかった。
カレナードは静かに言った。
「逆にいえば、あなたの不死をマリラが解除することも可能ですね。
あなたはマリラが憎くて戦争をしかけたのですか。アナザーアメリカの進歩やガーランドからの解放はお題目に過ぎないと?」
「やれやれ、マリラの寝子よ。確かに私は憎い、憎いとも、マリラもお前もガーランド・ヴィザーツも、ガーランドを支持する地上の者、全てを灰にしてやろう。私はあの女を決して復活させはしない。復讐だ!
そのあとの秩序は我々が創る。せいぜい悔しがるがいい。アナザーアメリカ中から忌まれた玄街の恨み、その身で贖ってもらってもいいのだ、この場でな」
グウィネスはカレナードの真後ろに立った。白い指がカレナードの両肩を掴んだ。
「クラカーナ殿、こやつを派手に殺そう。新造戦艦出航の生け贄にするも良し、ガーランドの前で八つ裂きにするも良し。今はマリラよりこやつが憎い。
この首を、この頬を、この唇を、マリラの舌が這ったのだ。こやつの体はあの女の匂いがするのでなぁ」
領国主は首を振った。
「グウィネス殿の胸の内はここにいる皆によくよく通じた。儂はレブラントをガーランドに対する駒に置いておきたい。殺すのはいつでも出来るが、骸になってからでは出来ないこともある。どうだ、タジよ」
タジ・マレンゴはすっかりグウィネスの毒気にあてあられていた。
「は、は、死体でも使いようはありますが」
ニキヤは腕組みをしたまま動かず、ソーゲが咳払いをした。
「早々に殺してはもったいない。作戦参謀たちに任せてはどうです」
ルビン・タシュライはグウィネスの個人的な恨みなど知ったことかとやり返した。
「首領殿はこの女をテネ城で殺しておくべきでしたな。歌劇場でお披露目してしまったあとでは遅かった。短絡的な処刑は市民に支持されまい。ここは辛抱が要るところだ」
グウィネスは一同を睨み、カレナードを突き飛ばして馬乗りになった。そのまま数回殴り、部屋から出て行った。錫杖で廊下を打つ音が遠くなるまで、男たちは動けなかった。
ジュノアはカレナードの唇にハンカチを当てた。その唇から血の香りと共に声が上がった。
「4回殴られた……1万ドルガ払って下さい、クラカーナ殿」
グウィネスの足は軍事局の発着テラスに向かっていた。専用小型飛行艇に乗り込み、北の谷に向かった。
「胆力があるのはクラカーナとルビンくらいか。タジは妙に線の細いところがある。青瓢箪め!」
広大な谷が急に狭まる場所に天蓋がかけられ、その下に5隻の飛行戦艦が並んでいた。いずれもガーランドのアドリアン級の規模だった。構築コードトンネルをぎりぎり通過可能な巨大船体だ。黒い船に玄街コードの煌めきが走っていた。
整備士たちがグウィネスの飛行艇に気づき、帽子を振った。戦艦の乗務員は選び抜いた玄街精鋭だ。新たな時代を拓くのは自分たちと信じていた。その誇りは高く、士気に満ちている。
「素晴らしい! ガーランドを火の海にしてやる! 砲撃テストは7日後だ。誰にも邪魔はさせぬ。執政局の穏健派であろうとジュノアであろうと、私を止められるものなら止めてみせろ。命が惜しくないならな。ハッ!」




