第2章 グウィネスの咆哮
グウィネスが立ち上がった。
「ガーランドはどうなのだ。女王マリラがそれを一番望んでいるはずだ!」
カレナードはあくまで中立である調停者の態度を崩さなかった。
「ガーランドは口出し出来ません。当事者同士が出した結論を尊重します」
グウィネスは吼えた。
「嘘つきめ、マリラは私を殺したがっている。玄街を殲滅すると宣言したのだぞ。各領国を扇動し、玄街皆殺しを正義とした。
だが、お前は我々とアナザーアメリカの間に立ち、調停の橋渡しをするという。これほどの矛盾があるか?
女王直属の遊撃部隊であるお前が、紋章人であるお前が、女王の愛人であるお前が。いったい何を企んでいる。
そもそも、お前も私を殺したいのではないか。男の体を奪われた恨みを晴らしたいと欲したことはないのか」
ニキヤとソーゲは顔を見合わせ、マレンゴは眉をしかめた。
カレナードは彼らを見回し、しばし沈黙した。その間、ルビンはやれやれと首を振っていた。クラカーナは忍耐強く提案した。
「グウィネス、先に紋章人との個人的な話を済ませてはどうだ。どうやら調停では胸の内をさらけ出すことも必要とみえる。ガーランドの内情が分かるやもしれんぞ。
さぁ、紋章人。お前は矛盾していると指摘を受けたが、そうなのか?」
カレナードに考える時間は無かった。彼女の古傷が悲鳴を上げてもグウィネスと向き合わねば先に進めない。
「確かに矛盾でありましょう。しかし、私個人は調停をすべきと考え、また、マリラ女王もそれを知っています」
ジュノアは確かめた。
「本当に? 女王はそれを咎めましたか?」
グウィネスは副領国主を睨んだ。
「横から口を挟むのは止めよ、ジュノア殿。レブラント、なぜマリラと考えを異にする?」
「私はずっと玄街ヴィザーツと話がしたかった。あなた方が何を考え何を求め、ガーランドを沈めたあとで、この世に何をもたらすか。ずっと考えていた。マリラがそれを考えない代わりに……。
それに私は調停の当事者を経験した。1年半に及ぶ調停期間を経験した。ガーラントと玄街の間に調停が可能なら、やるべきだ。たとえ戦争状態の今でも」
グウィネスは小さく嗤った。
「おめでたい奴め。マリラは愛人の仕付けを放棄した。初めから不可能と分かっていながら黙っているとは」
「互いに心までは支配しない。それがガーランド女王の愛し方です」
玄街首領の高笑いが響いた。
「ご一同、聞いたか。この戯れ言、とんだ茶番よ」
茶番を演じているのはグウィネス本人ではないかと思いつつ、カレナードは続けた。
「知りたいことは他にもあった。グウィネス、あなたはマヤルカ・シェナンディと私に呪いをかけた、男の体を女に、女の体を男にした。なぜです」
「趣味の悪いこととガーランド・ヴィザーツは言っただろうよ。私とて実際に使う気はなかった。
だがなぁ、カレワランが生きて現れたようだったぞ、オルシニバレで発見した息子。溌剌として成長しつつある少年。髪を伸ばし、母親そっくりの鳶色の目。私の手元に招き入れたかった。
が、お前は玄街を拒んだ。あの時、お前はガーランドの起動コードを唱えただろう? お前の心がガーランドにひどく惹かれているのが分かった。
私は即座に遅い復讐を決めた。息子の存在を奪おうとな。あのコードは特殊で強力だ。心の臓が止まるか、身体変容か、どちらでも良かった。死なずとも苦しい一生になるのだからのぅ」
カレナードの体は小刻みに震えたが、まだ落着いていた。
「そのコードは他の人にも?」
「いいや、あれは複雑すぎた。5人がかりでタイミングも難しい。試作に等しいものだったゆえ、廃棄した。見事な実例はお前だけとシェナンディの娘だけだ」
「ガーランド・ヴィザーツを甘く見ないでほしい。彼女は元の体を復元できた。ガーランド施療部と甲板材料部が解析したのですよ。あなたの負けだ、グウィネス・ロゥ」
「そういうお前は女のままではないか」
「そうです。私は男であり女であり、同時に男でもなく女でもない、ただのヒトにもなれた。だから、ウーヴァに会っても生き延びた。
あなたの不死はウーヴァが与えたものでしょう? そうして1500年の汚穢を生きた」
「マリラこそ私の数倍の汚穢であれば、滅ぶのはあの女の方だ!」
黒衣が机から離れ、じわりとカレナードに近づいた。
「教えてやろう。ミナス・サレの者どもも聞くがいい。私が1500年前に見た地獄、浮き船の女王マリラが一方的に東西トルチフを焼き尽くした事件!」
黒い魔女は手にした錫杖を床に刺した。
「1500年前、二つのトルチフ領国は兄弟国であり、領国主もまた兄弟だった。そして私は彼らの妹だった。
ああ、何という愚かな兄弟とガーランド女王の三角関係。滅びの道に手を貸すと分かりながら、マリラは自分を制することをしなかった。色恋に我を忘れた女王だ。
紋章人はよくよく知っておろうよ、トルチフ大火伝説。ガーランドは毎年あの台地に詣でて慰霊祭をやるというが、それこそ欺瞞に等しい!」




