第2章 調停の鉤(かぎ)
彼女は楽団に合図した。曲はガーランド夏至祭恒例の踊り比べの最終曲だった。マリラと交互に踊った難曲を、アレンジした振付で全てを1人でやってみせた。
相手がいないからこそ、その踊りはマリラに捧げられたと同時に、劇場にいる者全てに捧げられた。かつてマリラがガーランド・ヴィザーツを魅了したように、カレナードのしなる腕がミナス・サレ市民の心を掴み、信じがたい強靱さで床に立ったつま先はため息を誘った。
踊りが終わった場内に歓声が上がった。カレナードは楽団にも体を向けて礼を尽くし、さらに歌劇団のメンバーを次々に舞台に呼んで共に拍手を受けた。最後にエリザを迎えると、一段と大きい拍手が湧いた。
エリザの胸は勝利の叫びで張り裂けそうだった。
「見たかグウィネス! お前のけちくさいプライドなんぞ、この歓声で吹き飛ばしてやる!」
そのグウィネスは胸の底深く誓っていた。
『カレナード・レブラントをいずれ殺そう。カレワランの息子であり娘であることなど関係ない。
そうだ、私はあの者の存在を許すことが出来ない。
私が与えた不幸と不遇を受入れることで生き延び、さらにマリラに力を貸すまでに成長した。
私に心酔していたミセンキッタの領国主さえ手なずけた度胸。
そしてミナス・サレをも魅了しかかっているあの肢体! なんと憎らしい輝きだ! 敵だ、あの者はどこまでも私の敵だ! 玄街には要らぬ光だ!』
玄街の魔女は万雷の拍手を無視し、舞台上のカレナードを呪った。優雅にダンサーの礼を返している彼女に、グウィネスの冷たい半眼が注がれた。
その気配に気付いたタジ・マレンゴはぞっとした。
「首領殿が狂わねばいいが……」
ガラ公演の様子がミナス・サレの隅々まで知れ渡った翌日、クラカーナは再びカレナードを呼び出した。今度は全ての部局長が待ち構えており、グウィネスは自分の地位を誇示してクラカーナの横に座していた。昨日とは空気がまるで違っていた。
領国主は皆の意見が聞きたいと前置きした。
「レブラント捕虜は我ら玄街とガーランドの調停を行うつもりだ。馬鹿らしいと一蹴するのは簡単だが、彼女の手腕がいかほどのものか試してもみたい」
マレンゴが言った。
「歌劇団の舞台とは違うことを思い知るでしょう。裏切りの血統はまったく度しがたい」
工廠局長ニキヤ・カデルと兵站局長ソーゲ・マーシンは興味深そうだった。
「ガーランド側の条件が何であれ、我々が有利になればいいのだ」
軍事局長であるグウィネスは冷たい声だった。
「我々とは誰のことだ。工廠局と兵站局だけがミナス・サレではないのだぞ」
ニキヤがしたたかに言った。
「もちろんです。我々は一枚岩ですぞ」
その様子を保安局長ルビン・タシュライは不動の姿勢で見ていた。
「さっさと始めましょうや。無駄でなきゃいいですがね」
カレナードは粘った。ガーランドとアナザーアメリカがどこまで妥協できるか、玄街、いや、ミナス・サレと共存できるか、彼女自身が模索していた。
「私は数々の調停を経験しました。いずれも難しい対立であり、どちらにとっても痛み分けに等しい決着、それが調停です。が、アナザーアメリカの知恵であり、制度の異なる各領国が共存するための掟であり秩序です。
ミナス・サレの方々が初めて調停に臨むにあたり、いくつか当事者同士の作法をお伝えしたく存じます。」
「作法など要らぬ」とグウィネスが言い放つが、カレナードはかまわず返した。
「簡単なルールです。
調停の席上での殴り合いは一会合につき3回まで。それ以上の紛糾は認められません。4回殴れば罰金ないしは鞭打ち刑が科せられます。
また、提案内容に制約をかけないと同時にそれを批判することは御法度です。
なぜなら、発言は調停に関係する者の権利であり、聞くことは調停に関係する者の義務だからです。多様な理屈と感情的な立場を越えていくには時間をかけねばなりません。調停期間は少なくとも1年を要します」
クラカーナは「ほほう」と腕を組んだ。
「お前を4回殴れば、罰金はいかほどだ」
「1万ドルガいただきます」
ルビンは喉の奥で笑った。
「調停はアナザーアメリカ法の下、もっと理性的に進めるのじゃないのかね」
「調停に至るまでに当事者同士で何らかの暴力沙汰が継続するのが普通ですから、調停の場でも少々の暴力は起るものです。ガーランド女王は人間の暴力性を否定しないから作法を重んじるのです。
調停は着地点のない凶暴な争いより、ずっとマシな暴力です。」
ジュノアの静かな声が響いた。
「玄街軍のアナザーアメリカ空爆は着地点が見えないというわけですね」
マレンゴが素早く訂正した。
「ジュノア殿、ミナス・サレ軍ですぞ」
「そうでしたかしら。レブラント捕虜、ミセンキッタ領国が我々ミナス・サレに求めるのは停戦? それとも他に?」
「終戦と損害賠償、何より玄街軍の解体および責任者の処罰でしょう。ミセンキッタだけでなく、全領国がそれを求めるでしょう」
誰かの椅子がピシッと音を立てた。
部屋の空気がビリビリと音を立てるようだった。




