第2章 ガラ公演の舞台と客席
全団員がヴィザーツでなかった。軍事教練の経験はあるが、実戦経験は皆無。戦時の後方という意識さえ薄かった。アガン家への恩義だけは忘れず、誰もが「領国主さまのおかげでこの仕事が続けられる」と言った。
カレナードは舞台人たちの中にすぐに溶け込んだ。エリザの難度の高い注文に果敢に挑む捕虜の気概は大いに歓迎され、共に舞台を作る仲間として認められていった。
休憩の水を渡しながら、エリザは言った。
「あんたが来てくれて本当に助かったよ。たった50人で舞台装置と音楽と照明と歌にダンスに芝居を回してるのに、グウィネス・ロゥはここの監督助手を工廠に連れてった。皆、何役も掛け持ちだよ。あそこで歌ってる3人娘は全員の衣装を縫ってるし、私は背景の絵を描くし緞帳の操作もやる。ジュノアさまも小道具を作りに時々いらっしゃる。
私はミナス・サレが好きだよ。わざわざ大山嶺の向こうに戦争を仕掛けなくてもいいのにさ。足りない物なら私たちの稼ぎで買い入ればいいのさ、戦争の代わりに歌劇団巡業、いくらでもやってみせるのに」
「クラカーナ殿はそれを御存知ですか」
「何度か提案したけど、政治的な問題に口出し無用って。でも、歌劇団もミナス・サレ領国の人間だもの、口出しの権利があるわ。ガラ公演を成功させて、もう一度提案するつもりよ。
ところで、あんた、踊りだけでなく芝居も出来そうねぇ、ふふふ」
芸術監督の注文はとどまるところを知らなかった。
ガラ公演は休日の午後、3時間を要するスペクタクルに仕上がった。3000席が着飾った市民であふれ、プログラムが発表されると蜂の巣をつついたような騒ぎになった。誰も捕虜にしたガーランド・ヴィザーツを公演メンバーにするなど考えもしなかった。
エリザは予想以上の効果にほくそ笑んでいた。
「もっと驚くことになるわよ。さあ、円陣を組んで、みんな!」
緞帳の内側で団員たちは「応!」と雄叫びを上げ、観客は静かになった。アガン父娘が入場した。
ラーラは客席でヒヤヒヤしていた。
「あの蹴り跡が残っていませんように。でも秘密にしてたなんてひどいわ。父さんは知ってたのでしょ?」
「彼女の安全のためさ。今日は楽しもうよ、ラーラ。カレナードは第1部の芝居にも出てるぞ」
幕が開き、歌劇が始まった。3組の恋人たちが身に降りかかる災難をかわすため、入れ替わりや変装で大騒動が繰り広げられる喜劇だ。恋人たちが競って牢獄に入るくだりでカレナードは処刑寸前の女盗賊として登場した。
観衆は舞台を凝視した。
灰色のターバンと処刑服のいでたちは、カレナードの今の立場と重なって見えた。が、そこは喜劇だ。彼女は主演俳優たちと絶妙な掛合で場内を沸かせた。軽快で剛気な女盗賊がまんまと脱獄する時には拍手が起った。
ラーラは女盗賊の脱出にホッとしていた。
ジュノアは少し離れた席のグウィネス・ロゥに目を走らせた。いつもの高い帽子を被らず髪を結い上げてベールを垂らしていた。彼女に感情の動きは乏しく、歌劇を軽蔑している気配を抑えていた。クラカーナに悟られまいと猫を被っているのだ。
タジ・マレンゴも同様だった。
ジュノアは工廠局と兵站局の一団の微妙な変化を認めた。
「あちらは歌劇団監督の英断を讃えているようだわ。さて、これから先はどうなるか」
第2部は映像とのコラボレーションで、幻想的な活人画が繰り広げられた。全16場のうち、5場は美しいヌードが披露された。これが学舎生徒が来場できない理由だ。楽団は最小限の編成だったが、エリザ発案の固体窒素のスモークを舞台に流す演出効果は素晴らしく、観客を夢幻の世界に引き込んだ。
そして第3部は歌劇団総力を上げたダンスショーだった。エリザと共にセンターで踊っているのはカレナードだ。上手い2人が火花を散らすように高い跳躍をすると、どよめきの波が起った。
前半は華やかなドレスだったが、後半に肌も露わな衣装で登場すれば、観客は息を呑んだ。
彼女がかの裏切り者の娘なのか。なんと堂々と舞台に映えることか。彼女は恥じ入るどころか、我々に美と興奮を提供するため、自分を捧げているではないか。あっぱれではないか。
「いいぞ、カレナード・レブラント!」
工廠局と兵站局の一団から暖かい手拍子が湧き、あっという間に場内に広がった。
手拍子は舞台と観衆をひとつにした。玄街の敵であった女は、いまや身体の力で敵であることを忘れさせていた。
カレナードはミテキのことも、キリアンのことも、さらにマリラのことも忘れ、ただこの舞台のために舞った。心にあるのは舞台と客席だけだった。手拍子に答え、彼女の体はますます軽くなった。
フィナーレを飾った総踊りのあと、緞帳の向こうからはアンコールの声だけでなく、足を踏み鳴らす音まで加わった。エリザは「床が抜ける前に」と緞帳を上げた。
舞台にカレナードだけが残った。激しいアンコールは彼女にソロで踊れと要求していたのだ。




