最終回 さらば、ガーランド
カレナードは静かに言った。
「女王の仕事を離れたら、私はこんなものです……。キリアン、あなたは、もう『お前』よばわりしないんだ」
「そうだ、あなたにふさわしく在りたいからだ。カレナード・レブラント・ガーランド」
「今、何て言った」
「カレナード・レブラント・ガーランド。あなたはそう呼ばれるべきだ。
前女王と浮き船は青い夜に行ったが、あなたを通じて甦り続けている。トペンプーラ艦長が新造船を用意中でしょう。だから、あなたはガーランドの名を加えるべきだ。
かつてのマリラさまのように石の心にならぬよう、私に出来ることをせよと言うなら、何なりと要求していい。心の重荷にせずに。女王のプライバシーを私に一時だけ預けるのです」
「……もう一度、その名で呼んでみて」
キリアンの眼が彼女に応えた。
「カレナード・レブラント・ガーランド。ガーランド女王、私の想う人……」
「レブラント・ガーランド。ええ、それが私の名です」
女王は笑いながら泣いていた。レー少佐は存分に彼女を抱きしめ、草の上に転がった。そうして長い間、横たわったまま暮れゆく空を見ていた。
カレナードは両手で顔を覆った。
「顔から火が出そう。ああ、マリラと同じことを言ってる、結婚した夜と同じことを」
その手をキリアンはそっと開けて軽くキスした。
「実は結婚指輪がここにあるのですよ、女王陛下」
「誰と誰の……。ええ、言わずとも分かっています、キリアン。いいのですか、私の心の一隅をずっとマリラが占めていて……いつまでそのままか分からないのに。そうしたら、私は指に二つの指輪を嵌めることになる……」
キリアンは愉快でたまらなかった。
「今更、何を仰るのやら。紋章人と同じV班にいたおかげで、私は今もマリラさまを敬愛している。問題がありますか、女王」
草の上のカレナードの全身が月の光で青色を帯びていた。青い夜をまとう女王だった。
「女王の夫になってくれますか。難しい立場ですが」
キリアンはかつてガーランドの甲板でモン・デンベスを見詰めていた精霊のようなカレナードが戻ってきたのを感じた。不思議な霊感を放つ彼女を。
「マリラさまの魂はそれを望んでおられます。ほら、あれを見て」
東の空に白い月があった。やっと遅い暮れの風が吹いた。霊感はやはり「行け」と言っていた。
「キリアン、トペンプーラ艦長によると施療所の煮込み料理はとても美味だそうです。行きましょう、それから祝言をあげるのです。アライア女官長とイアカとニアが証人です」
「マダム・フロリヤも来ているはずだ、立ち会ってもらっても?」
女王はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「彼女は私が二番目に恋した人だったのです。あなたは最後の人になるでしょう」
女王カレナード・レブラント・ガーランドは在位11年でこの世を去った。背中の古傷から発生した病は、ウマル・バハとリリィ・ティンの医療コードを以てしても治せなかった。
夫君キリアン・レーは女王が発症するまで、サージ・ウォール調査隊を率いる任務を続け、月に一度の通い婚を守った。新ガーランド就航後、彼は航空部副長となり、病の女王に寄り添った。
臨終に居合わせた者たちは「夫君の腕の中で、ふっとお笑いになったまま亡くなった」と語り、それを聞いた者たちは「マリラさまのような威厳をたたえつつ、数々の微笑ましいやらかしをなさった方らしい」と納得した。
彼女はマリラとは違う意味で、一筋縄ではいかない女王だった。トペンプーラは「寂しくなりマス」と珍しく号泣し、テッサ・ララークノは間もなく交配相手を決めた。
女王カレナードが最期まで警戒した臨界空間の変動は緩やかで、ヴィザーツの誕生呪は不可欠のままだった。誕生呪は決してアナザーアメリカンに解禁されなかった。
カレナードが遺した息子、ヒューゴ・レブラント・レーはサージ・ウォール消滅後の世界に旅立った。
アマドア・シェナンディ・パスリが成人する直前、母フロリヤが代女王を務めた最後の年、彼は16歳になり、ガーランドから飛び立つ一行の中にいた。紫色の眼に母と同じ髪を持つ青年は、戦艦アドリアンを改修した大航海艦ソーラスの甲板で手を振った。右手にマリラとカレナードの結婚指輪が守護の光りを放っていた。
彼は遥かに大西洋を渡るのだ。
「父さん、母上の形見と共に行ってきます。また会いましょう! さらば、ガーランド!」
「浮き船ガーランド」初稿をプロットも何もないまま、勢いで書き始めたのが10年前。それから改稿を重ねて、ここに投稿しては削除を繰り返しました。これで一応の完成とします。マリラとカレナードの話に区切りをつけ、次に行くためです。あるいはいつ死んでも、web上に遺したという安心感(電気がなけりゃお終いですが)はあります。誰かの心を楽しませられたら充分です。
今まで読んでいただいた方々に感謝を。
そして、これから読んでくださる方々に「いらっしゃいませ。お気に入りのキャラはいますか」
本当にありがとうございました。
オレはがんばったぜ!




