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最終章 女王、視察の旅へ

 カレナードは女王となって3年の月日を振り返った。ミナス・サレ領国のアナザーアメリカ法批准とヴィザーツ組織の再編にかかり切りだった。


「アライア、バジラ・ムア情報室長はサージ・ウォールと臨界空間の観測結果をどう考えています?」

「マギア・チームに人員補充して、さらに解析を進めるそうです。サージ・ウォールの活動停止まで行くかどうかは判断しかねると」

「いいでしょう、それを視察の目的とします。ワレル・エーリフ殿に同行願いましょう。彼も回顧録を書くか、記録編集の顧問役の毎日です。現場に出てもらいます」


 彼女はニアを振り返った。

「巡業とはなかなか的を得た言葉だ。気に入った」


 外の空気を吸いに行った女王を後目に、イアカが言った。

「たまにマリラさまの口調が出ますね」

アライアは前女王を思い出しながら、応えた。

「女王にはマリラさまがいっぱい詰まっているのよ。マリラさまが遺したものがね」


 トペンプーラ艦長は新ガーランド建造指揮のかたわら、女王の視察に難色を示した。

「問題は玄街の残党デス! 少数ですが、難民から玄街もどきに流入する者ありと報告にもあります。警護は堅くあらねば」


カレナードは素直に「そうですね」と応じた。

「玄街に走るくらいなら、ミナス・サレ領国民に登録するのがよほど身のためと喧伝しましょう。ジュノア殿に歓迎キャンペーンを盛大に行うよう要請しなさい、トペンプーラ艦長」


 こう切り返されては、やるしかないと腹を括る彼だが、「これで何度目でしょうネ」と苦笑いした。新女王の前向きさに動かされているのは、彼の幸いだ。


 女王になって4年目の初夏、カレナードはフロリヤ号と多少の僚機と共にテネを発った。見送るテッサ・ララークノは成人式をとっくに終えて領国主の実権を行使しつつあった。

「女王同様、女領国主も交配相手には慎重になります」


トペンプーラが言った。

「お急ぎにならなくても宜しいかと存じマス」

「艦長殿、あなたは独身を貫くとおっしゃいましたね。理由を聞いても?」


彼は頬の黒子にそっと触れた。

「心に想う方が出来ましたが、ワタクシが求婚してはマズかったし、今もマズいのです。幸い、ワタクシは難しい仕事ほど燃える性分で、精魂傾ける件は山積み状態。新しいガーランド就航のあとで、また考えましょう、個人的な愛については」

「うん……求婚できない方とはカレナードのことかしら。でも、ワーカホリックに聞いたのが間違いでした……いいえ! 私も色恋より仕事が楽しい可能性があるのかも……」


 テッサが己の新たな性分を自覚した瞬間だった。

「まぁ、いいわ。急ぐ必要はないわ。艦長殿が仰るとおりよ、女の身を男の一存で左右したい殿方とは距離を置くべきね。こうして口に出すとスッキリしました」

「ワタクシ、女丈夫は心より尊敬いたしますヨ。テッサ殿」

乙女と偉丈夫は互いの顔を見るなり、ニヤリとした。


 女王視察団は北辺を東から西に巡り、夏の終わりのベアン市に至った。大山嶺の途中に留まったサージ・ウォールの風はかなり弱く、ベアンにさほどの影響はなかった。


 まだ戦禍の跡は残っていたが、ブルネスカ魂は不屈だ。ベアン屋敷代表のモトイーはトペンプーラの知己だけに、率直に出迎えてくれた。


「ここの屋敷も随分大きくなりました。女王陛下、カチュア基地はポーに移転しました」

「では、観測隊はポーに逗留中ですね。外れ屋敷は大きな施療所となっているとか」 

「元々は温泉保養地ですから。陛下もお疲れを取る機会ですぞ、頬が痩せておられる」

「そう見えますか?」

モトイーは鷹揚にうなずいた。そのしぐさはマリラを思い出させた。


 カレナードは女官たちとバスでポーに向かった。乗客たちはどこか雰囲気の違う一行の正体を知ることなく、保養地に着いた。施療所の滞在室でカレナードは籐の寝椅子に収まっていた。

「私は……キリアンを前にして何を言うだろうか。マリラ……マリラ……」

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