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最終章 新女王

 トペンプーラはカレナードの錯乱を疑ったが、すぐに違うと悟った。

「新女王から前女王への正式な哀悼。そうですネ?

 あなたの声を聴いているとワタクシも胸が搔きむしられるが如く、哀しみが湧きます。アナザーアメリカとヴィザーツには新たな女王が残されましたが、あなたはかけがえのない人を失ったのですから。

 カレナード、今のうちに存分にお泣きなさい。地上に降りたら、あなたは人前で泣けなくなるのデス」


 フロリヤは沈黙の操縦を続けた。グライダーは第一甲板が消滅するまで飛び続けた。

 その第一甲板を這いずっているのはワイズ・フールだった。体の半分が消えようとする中、彼は少しずつマリラの元に向かっていた。

 

 数メートル先に女王の淡い金髪が風に舞い、死せる横顔が分解の光りに包まれつつあった。この世から消えるにはあまりにも美しい光景だった。彼は腕を伸ばした。

「やっと……やっと小生のモノに……、マリラ……さ……ま…」


 彼の願いは届かなかった。伸ばした手はマリラのすぐ手前で力尽き、塵と消えていった。司令艦の残滓は荒地に降り注ぎつつ、その姿を完全に消した。


 かつて春分のすぐ後で、浮き船が古い装甲を捨てる夜、ナノマシン垢を排出して輝くガーランドに遭遇した領国は幸運が訪れると言われた。ガーランド消滅時にその残滓の淡い輝きは、のちにミナス・サレ新領国となるオハマ2の近くに落ちていった。


 ジュノア・アガンとクラカーナ・アガンは、その輝きに温かさを感じた。

「まるでマリラさまのようですわ、父上」

「ふむ。紋章人の想い人ならば、温かくもあろう……」

歩き始めたジュノアの子は両手を広げて淡い輝きに声を上げた。


 長い慟哭のあと、カレナードは座席に身を投げ出した。涙は乾いておらず、息が荒かった。トペンプーラは黙っていた。


 突然、彼女は袖で涙を拭うや、姿勢を正した。

「トペンプーラ、女王として最初の命令です。ガーランド再建造を命じます。浮き船はアナザーアメリカの空にあらねばなりません。進めねばならぬ調停があるのですから。あなたを新たなガーランド艦長に任命します。フロリヤ号のように小さくて良い、新たな浮き船を建造せよ」


 まだ赤く濡れた両眼に女王の力が宿った。

「私はマリラと違い、生き脱ぎをしない。限りある生のうちに、やらねばならないことがたくさんある。いつかマリラの傍に行った時、恥ずかしくないように……。

 ああ、そうだ、作戦は完全に終了しましたか? 撤退は順調ですか?」


 少々あっけらかんとした問いに、トペンプーラは改めて、女王カレナードは、マリラとはまったく違うタイプの女王であると覚悟した。


 危なげで、現実的かと思えばそうでもない一面がさっと浮かび上がる。そんな彼女の力が今後のヴィザーツとアナザーアメリカンを危なげに引っぱるのは確かだった。ならば、この面倒に喜んで付きあうのだ。彼は各基地の情報を確認するため、フロリヤ号の副官に連絡を取った。


 サージ・ウォール停止作戦は終わった。新女王はマリラが負うはずだった全ての混乱を収める仕事に取りかかった。

「まだ難民問題は続きます、今後100年の計を立てなくてはなりません。アナザーアメリカ法に時限的追加条項が必要か、各ヴィザーツ屋敷の政治次官は各領国の法曹界と現場のヴィザーツおよび避難民会から即刻聴き取りを行うように」


 彼女に休む暇はなかった。


「南洋上に落ちたガーランド母艦と僚艦の救援を急げ」

「各基地は今しばらく観測艇を置き、サージ・ウォール観察を続けよ」

「本作戦の負傷者用療養施設の用意を。また戦没者の御家族に支援が必要です」

「外れ屋敷を本格的な医療施設に。進んで手を挙げる屋敷には大幅にコード使用許可を出します」

「アナザーアメリカンへのコード使用許可は認められません。もちろん、ミナス・サレ・コードも」


それはマリラが乗り移ったかの如くだった。


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