最終章 空の慟哭
カレナードはそっとマリラの右側を支え、上半身を軽く起こた。グウィネスがいた場所には大量の塵、それも輝く塵が舞っていた。
ウーヴァの気配はすでになく、真昼の光りが甲板を照らした。
「カレナード、私は……いや、我々はやり遂げた。そうだろう?」
マリラの浅い息遣いは、彼女の生が尽きる前兆だった。
「私をここに……横たわらせておくれ。司令艦はもうすぐ塵となる……そなたたちはジーナとベルを地上に……頼む……。イアカは証人だ、いかにグウィネスと闘ったか……彼女に聴け」
「分かりました、分かりましたから、もう喋らないで下さい。マリラ、あなたもここを離れなくては」
カレナードが止血コードの範囲指定のため手をかざすと、マリラはそれに触れた。あまりにも弱い力だった。
「私はここで逝く……じきにこの船はナノマシンの塵と化す、グウィネスのようにな……」
「だめです、逝くと仰るなら私もここで塵になります! あなたなしでどう生きろと! 私は諦めません。フロリヤ号にはシドさんがいます、手練れの医療ヴィザーツの腕を頼らずして何が女王ですか! イアカ、手を貸して。グライダーの後部に」
振り返ったカレナードの視界に、フロリヤ操縦のグライダーがあった。トペンプーラが飛び降りた。
「マリラさま、助っ人が来ましたよ。さぁ、フロリヤ号へ」
「馬鹿者……そなたは女王補佐の役目を……おそろかにしたのだ……」
その言葉通り、トペンプーラは来るなりカレナードを平手打ちした。
「まったく! 何やってんデス! カレナード、あなたは本当に馬鹿ですネ!」
マリラは横たわったまま、笑った。
「トペンプーラ、最後の命令だ。この未熟者を連れ帰り、花の冠を載せてやれ。今までのそなたたちの働き、心から礼を言うぞ……」
「マリラさま、ワタクシこそ感謝しております。あなたに仕え、これほどの幸せ者はいますまい……」
マリラは大きくため息をついた。頬が白くなった。その頬を両手で挟んだカレナードは、その冷たさに泣いた。
「マリラさま、私をひとりになさるのですか」
「そなたの周りをよくご覧……決してひとりではないぞ。なぁに、また会えるとも……暖かな闇……で。……待っている、カレナード」
マリラは眼を閉じた。口元は微笑んでいた。女王の生涯は終わり、魂は肉体を離れたのだ。
トペンプーラは深く礼をした。カレナードはのろのろと立ち上がり、言葉もなく、マリラの左手にある血まみれの結婚指輪を見詰めた。
甲板から一斉にナノマシンの残滓が噴きあがった。トペンプーラは「撤退!」と叫び、2機のグライダーは司令艦から滑るように離れた。
イアカが操縦するフロリヤの宝物の後部ハッチにはジーナとベルの遺骸があった。彼女のグライダーに平行して、フロリヤ操縦のグライダーが飛んでいた。うららかな春の光りの中、2機はゆっくりと司令艦に沿って飛んだ。
司令艦の形は少しずつ揺らいでいった。間もなく音もなく砂粒の如く分解するのだ。機関部はほとんど停止していたが、あらかじめ指定された荒野上空にたどり着く任務を果たしていた。
高度は200メートルまで落ちていた。ガーランドの心臓部だった大宮殿は静かに崩れていった。第二甲板は輝く塵に包まれ、機関部も第一甲板も間もなく同じようにして消えるだろう。
カレナードは操縦席のフロリヤにハッチを開けるよう頼んだ。
「了解です、女王補佐。トペンプーラさん、カレナードのベルトを掴んでいて下さい。彼女のために」
後部座席のハッチが開き、カレナードはハッチの枠を掴んで立ち上がった。トペンプーラはフロリヤの言うとおりにした。消えゆく第一甲板に向かい、カレナードは叫んだ。
「マリラーーーーーーーーッッッ! マリラーーーーーーーーッッッ!」
涙は止まることなく流れた。激しい慟哭が続いた。彼女は狂ったように女王の名を叫んだ。枠を掴んだ両手は震え、乗り出した身から涙が空に飛んだ。




