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最終章 ウーヴァの影

薄い防御壁の上空に黒い闇が現れた。それを見上げたジーナに一瞬の隙があった。彼女は胸に太い矢を受けていた。

「女王……」

膝がガクリと折れた。彼女の目に女王マリラと青い空と夫の幻が重なった。ワレル・エーリフ、共に女王への熱い忠心で結ばれた夫。

「あなた……マリラ女王に加護を……」


それが女官長の最期の言葉となった。マリラはイアカに下がるよう命じた。

「ウーヴァ、グウィネスを塵に戻せ。私の血はいくらでもやるぞ!」


 黒い闇は数秒間、うねうねと蠢いた。そして一気に甲板を包むほどに広がった。

 イアカは信じがたいものを見た。漆黒と黒灰色、星の赤と黄色、無数の暗い閃光、からすの羽、それらが甲板を覆っていた。大地精霊がヒトの前に姿を現したのだ。


 グウィネスの首は狂ったように回転しながら悲鳴を上げている。泥漿が沸騰するかの如く気泡をあげ、暗黒の空間にはじけていった。

「おのれぇ。マリラァーー!! ただでは逝かん、逝かぬわぁぁ!」


バケモノのなれの果ての見開いた目から槍が飛んだ。コードが無効になった空間で、槍はマリラの左肩を貫通した。 


 ウーヴァの声らしきものが響いた。

『され、ヒトの女、マリラ・ヴォーよ。契約は果たされた。血は存分にいただくぞ』


 イアカは茫然とその光景を見ていた。動くことを忘れたように甲板に突っ立ったまま、滂沱の涙が流れるのみだった。


 グウィネスは溶けるように小さくなり、甲板の継ぎ目から浮き上がるナノマシン垢の如く分解していく。もがくような金切り声が次第に小さくなっていく。


 黒い空間はフロリヤ号からも目撃された。アレク・クロボックは救援信号を発した。

「あの黒い影、夏至祭の崖の影と同じ形になった! ウーヴァなのか? ただ事じゃない、カレナードに知らせなくては」


 カレナードはすでに仮設の司令本部から姿を消していた。トペンプーラが気付いた時には遅かった。女王補佐はピードがフロリヤに贈ったグライダーで司令艦に飛んでしまっていた。


 トペンプーラは成功の報告が9割を超えたのを確認し、アレクの救援信号を示して参謀副長にあとを押し付けた。


 彼はフロリヤ号の操縦室に駆けこんだ。

「女王を失なってはなりません。マダム・フロリヤ、ワタクシを乗せて司令艦に飛ぶのデス! 秘蔵のグライダーがまだあるでしょ!」


 カレナードは一足先に第一甲板に着地していた。ウーヴァの闇は小さくなり、今やキラキラと陽光に残る煌びやかな影となりつつあった。

「マリラ! マリラ! どこにいるのです、返事を! 声をお聴かせ下さい、マリラーッ!」


 彼女はイアカが焦点の定まらない目で立ち尽くしているのに出会った。すかさず彼女の目の前で指を鳴らした。

「しっかりして、イアカ!」

意識が戻った彼女はすぐさま駆けだそうとして足がもつれた。

「あちらでマリラさまが倒れています、肩に槍が……」

「分かった。応急手当をする」


 甲板はひどく傷ついていた。千切れた装備や血染めの衣服が散乱している。

「ああ、私はなぜいつも安全な後方にいて……」


 後ろのイアカの足音だけを聴こうとした。ベルとジーナの亡骸を通り過ぎた。胸が締め付けらる一方で、彼女の眼はマリラを求めた。

 女王は大の字になって倒れていた。オレンジ色の戦闘服は白くくすみ、纏めていた髪がほどけて淡い金色の波を甲板に投げ出していた。青白い顔は眠っているかのようだ。

「マリラ、マリラ!」

「そなたらしい。よく来たな、カレナード。馬鹿者め」


 声に力がなかった。肩の出血が酷かった。

「マリラ、止血コードを使います」

「無駄だ、私の血は……ウーヴァがごっそり持って行った。カレナード、グウィネスは消えたか……よく見えぬ」


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