最終章 女官たちの忠誠
ジーナが訊いた。
「どのような事になるのです。そして、マリラさまはどうなるのです」
マリラの表情が変わった。
「ウーヴァの前で無事でいられるヒトなどいない。そなたたち、長年私に仕えておりながら、まだ分からぬか。去れと言っているのだ。司令艦は使命を果たした。グウィネスをここに留め、作戦と切り離しておけた。これから消滅させるゆえ……」
「いけません、全ての前線から停止確認の報告をお聞きになるまでは!」
「案ずるな、あとはカレナードに託した。全てを彼に託したのだ。運があれば、また会おう、女官長よ」
ジーナは頑として食い下がった。
「いいえ!」
「これは命令だ。全員、あの飛行艇でこの場を去れ」
イアカは泣いた。脱出の飛行艇が着艦した。女官と衛兵が女王に敬礼し、飛行艇に向かった時だった。予想より早く第一甲板の付け根にグウィネスが現れた。そこに仕掛けてあった接触型の玄街解除コードに、さほど効き目はなかった。300メートルの距離があったが、白い槍が飛んでくる。
飛行艇のエンジン音が高くなった。マリラが叫ぶ。
「防御壁で飛行艇を守れ! ジーナ、ベル、イアカ、防御壁が出来次第退避せよ!」
「御意!」
マリラは玄街の解除コードで、槍の威力を削ぐしかなかった。
「化け物め、力が増している。飛行艇は早く発艦しておくれ!」
彼女が振り返ると、飛行艇はグゥンと旋回して甲板を後にするところだった。が、ジーナとベルとイアカが残っているではないか。
「そなたたち!」
「我々に出来ることがございましょう。女王、御命じ下さいまし」
グウィネスはじりじりと第一甲板を滑ってくる。その様子を眼の端におさめながら、マリラは言った。
「私はウーヴァを呼び、我が血でグウィネスと奴が取り込んだ司令艦を滅ぼす契約を結ぶ。ウーヴァは代償を求めるだろう。それが我が血であれば、差出すほかあるまい。そして、そなたたちだが、ウーヴァが人外である以上、私と同様になるだろう。司令艦ごと消滅するやも知れぬぞ」
3人の女官は無言でうなずいた。これ以上、何を言っても無駄だという面差しでいる。
マリラは左の手袋を外し、右手に短剣を持った。
「では、儀式だ」
左の腕から女王の血が滴り、甲板に落ちていく。
「ウーヴァよ、そなたにとっては一瞬であろう歳月、2500年の生き脱ぎの契約、今、ここで解く!
ウーヴァよ、代わりに新たな私の血を捧げる。そなたが力を与えたグウィネス・ロゥを闇に戻し、怨念の塊をこの世から永久に滅し給え」
グウィネスの槍が鋭く防御壁に食い込んだ。魔女の首は雄叫びを上げた。
「ウーヴァを呼んだとて何になる。マリラ、お前の血で我を滅ぼせるものかぁ!」
白い首はあっという間に迫った。ジーナとイアカが防御壁を厚くし、ベルは玄街解除コードを防御壁の隙間からグウィネスに向けた。
「うるさいわ! ベル・チャンダル!!」
白い矢の束がベルを襲った。マリラの玄街解除コードがかろうじてベルの盾になったが、グウィネスの触手は第一甲板深くまで浸食していた。ベルの足元が浮き上がった。
「ああっ!」
彼女の両足に触手が絡んだ。マリラは再び解除コードを唱えた。
「床面にも構築コードを放て! 下からも来るぞ。ウーヴァ、応えよ!」
マリラはもう一度短剣を振った。左手を伝う血が甲板に血溜まりを作る。その血溜まりの中から触手が現れ、血に濡れた。グウィネスの哄笑が響いた。
「これぞマリラの味よ! 甘し、甘しきこと。ふはははははは!」
同時に防御壁が吹き飛んだ。
飛来した10本の槍の一つがベル・チャンダルを貫いた。ジーナが反射的に叫ぶ。
「マリラさま、ベルが!」
ベル・チャンダルは剣を持ったまま、倒れた。すかさずイアカが構築コードを唱え、ベルに駆け寄った。
「イ……アカ……、マリラさまを……」
「分かった。必ず守り通してみせるから」
ベルはかすかにうなずき、目を閉じた。イアカは次々と防御壁を周辺に打ち立てていった。
「少なくとも3名の盾になります!」
ジーナが強化コードを加えた。
「イアカ、連続で行くわよ」
2人の女官も負傷し、血が甲板に落ちていた。が、彼女たちは痛みを切り離した。
ふと3月末とは違う冷たさの空気が漂った。ジーナは知っていた。
「ウーヴァの霊気だわ!」




