最終章 三回目の停止コード
白い触手が橋に絡み、薄い防御壁を潰していく。ベルは足場の悪い100メートルを必死に走った。イアカが命綱をベルトに通し、橋を滑った。
「手を! ベル・チャンダル!」
第一甲板から20メートルほどでイアカがベルを抱きとめた瞬間、橋は解除コードで消え、2人は命綱1本で甲板の端にぶら下がった。衛士たちが巻き上げ機で綱を上げる。
触手をもぎとられても、グウィネスはしぶとかった。
「強弓を受けてみや!」
唸りと共に太めの矢が第二甲板から飛んでくる。イアカとベルが第一甲板に上がった。マリラとジーナが新たな防御壁を展開する間、衛兵たちは盾で女官たちを守った。間隙があった。数人の衛兵の体を矢が貫いていた。
嘆く暇はなかった。グウィネスもまた必死で100メートルの空間を渡ろうと新たな触手を伸ばす。
マリラは通信器を握った。
「トペンプーラ、作戦の進捗を知らせよ!」
フロリヤ号からの返事は早かった。
「2分前に3度目の発声を終えたところです。現在、サージ・ウォールの動きを確認中!」
「全域の停止確認まで何分だ!」
「最短で30分かと」
「30分後を待っているぞ。そちらから甲板は見えているか」
「記録係が撮影しているはずデス。1人だけですが」
「手の空いた者を回せ。我らの雄姿を後世に残すのだよ、ジルー」
トペンプーラはアレク・クロボックを呼出し、撮影任務を与えた。
「アレク君。通信器を預けるから司令艦が崩れる前に救出要請を周辺の飛行艇に出すのデス!」
「了解です、マスター」
カレナードはひたすら待った。女王補佐がマリラのことで動揺してはならないと、ひたすら作戦に集中していた。
彼女と同じく、前線の誰もが作戦達成の報を待っていた。観測飛行艇が飛び交う中、発声者を乗せた作戦部隊は少しずつ後退し、強風をやり過ごしながら8枚翅を収納していた。キリアンもピード・パスリもアヤイも、ラーラを乗せた飛行艇も、8600機の人員たちも静かに待っていた。
突然、ラーラの耳鳴りが消えた。
「あの嫌な感じがしない。作戦は成功しているわ。カレナード、私たちはやり遂げたのかしら?」
フロリヤ号の簡易司令本部に最初の観測報告が来た。北方、セバン高原の彼方から、サージ・ウォール完全停止確認の知らせが来たのだ。それはピード・パスリ所属のマニト基地第7部隊からだった。
トペンプーラの口元に微笑が戻ってきた。カレナードは言った。
「参謀室長、これから次々と報が来ますよ。実は私は反射砲発射以来、ずっと軽い耳鳴りがありました。それが消えました。臨界空間は安定しつつあると感じます。マリラ女王に知らせて下さい。良い知らせが来たと」
トペンプーラは女王補佐の明るい声とはうらはらに、彼女の眉に曇りと緊張感を見て取った。マリラの安否を確かめたくてたまらないのだ。
第一甲板でマリラは作戦の報を受取り、そこにいる全員の士気を慰めた。ジーナが言った。
「あの化け物が知ったら、悔しがるでしょう。ますます猛り狂うかもしれませんが」
マリラは顎をしゃくった。
「あれは知恵が回らぬようだ。触手を無暗に伸ばしては届かずに千切れさせている。大宮殿まで戻る方が早いことに気付かぬ」
ベルが叫んだ。
「グウィネスが向こうの甲板ロープを投げて来ます!」
マリラは舌打ちした。
「少しの休憩も出来ぬか。全員で第二甲板の機材庫に強制固定コードを放つぞ!」
グウィネスが甲板ロープを諦め、ようやく第二甲板を引き返して大宮殿を迂回する間に、マリラは信号弾を上げた。脱出した機関部員を乗せた飛行艇が近づいた。女王は臨界空間の風を静かに受けていた。
「停止作戦の成功を感じる。空気の色が変わった。ここから先は私の仕事だ。そなたたちは脱出しろ。ウーヴァがここに出現すれば、巻添えを喰うぞ」




