最終章 総員退艦
カレナードの命令が全艦にこだました。
「総員退艦! 司令本部をフロリヤ号とその僚機に移す。第一甲板へ急げ!」
トペンプーラとトマ・ルルが次々に指示を出す。
「スクリーンオペレーション1番から30番は、フロリヤ機。31番から110番はテネからの7番輸送艦。残り200番まではオハマの輸送艦ネラクへ!」
「通信機材を最優先で出せ。オペレーターと兵站部員は機材搬出し、そのまま輸送艦で脱出しろ」
司令本部が迅速に移動を始めた時、グウィネスの声が大宮殿のホールに響いた。
「ふ、ふ、ふ。この体、なんと使い勝手の好いことよ。ウーヴァの加護を受けしガーランドならば、ウーヴァの加護を受けた我はどこにでも腕を伸ばせるというわけだ」
カレナードの声もホールに響いた。
「グウィネスを相手にするな、急げ。トマ・ルル、機関部員の脱出は!」
「テネ西方屋敷の飛行艇が司令船後部に接近中。機関部は異常なし!」
2人の間に壁の破片が落ちた。グウィネスの一部は白い針金となって大宮殿の壁に侵入し、針金の先を眼の代わりにして様子をうかがっていた。
「マリラの寝子の気配がする……ふ、ふ、ふはははは! 血祭りにしてくれよう、カレワランの息子!」
トマ・ルルの頭上の壁が割れた。そこから白い針金ならぬ異常に長い腕が数本突き出た。トマは背後から異形の腕に絡まれた。
「お逃げ下さい! 女王補佐」
彼の最期だった。まだホールにいた者はトマが空中で息絶え、大量の血が流れるのを見た。
カレナードは女王控室に飛び込んだ。トランクを一つ掴んだ。王冠と衣装、マリラから贈られた思い出が詰まったトランク。他は全て置いていかねばならなかった。
「大事なのはこの先だ」
マリラの声が小型通信機に飛び込んできた。
「トペンプーラ、忘れるところだった。ガーランド母艦とアドリアン僚艦に伝えよ。あの艦船も私の血で建造したようなもの。司令艦の消滅で何かしらの影響があるかもしれぬとな!」
カレナードは控室の扉を閉じた。
「サージ・ウォールが完全に止まったら、マリラ、あなたを迎えに参ります。どうか、どうか! ガーランドを失っても、あなただけは!」
トペンプーラが走ってきて、トランクを奪うようにして持った。
「女王補佐、トラックが出ますぞ」
ホール内はグウィネスの攻撃で、天井の照明がほとんど落ちていた。オペレーターたちは機器を抱えてホワイエから外へ走っていた。残されたスクリーンと機材がポツポツと灯り、血のあとが光った。
10分前に最初の班が防御壁の一部を解除してトラックで出ていた。その中に衛生兵に担がれたニアと女王衛兵がいた。
カレナードはマリラが見えないかと荷台から身を乗り出した。宮殿前の大通りをマイヨールが駆けてきた。
「マダム・カレナード、女王からの伝言です」
「乗って下さい、マイヨール先生。伝言はそれから聞きますから」
第一甲板への緩やかな坂をトラックの群れが次々降りていく。
マイヨールは負傷していて、伝言はフロリヤ号に達する直前に渡された。
『カレナード、私は大丈夫だ。ウーヴァの加護はまだ十分に私の上にある。そなたの義務を果たせ。怠れば許さぬ』
「さすがマリラさま」
「そうでしょう、カレナード。大丈夫ですよ、シド医師とジーナさんたちが付いていますから」
「マイヨール先生もフロリヤ号に乗って下さい。応急手当をしましょう、傷は浅くなさそうです」
マリラはワイズ・フールを鞭で引っぱり、通りの石柱に縛り付けた。フールはこの期に及んで叫んだ。
「あんまりでござるよ、マリラさまぁ。小生、こんな死に方は嫌でござるぅ」
マリラは応えなかった。
「マリラさま、マリラさま、小生、本当はグウィネスにいいように使われただけ。このバケモノを哀れと思ってくだされ」
マリラは感情を出さずに言った。
「さらばだ」




