最終章 ニアの霊力
トペンプーラはポケットの通信器で、マリラの状況を知った。
「トペンプーラ、飛び道具が効かぬ。道化はともかく、グウィネスは全てを弾きかえす。執務室は全壊だ」
「女王、衛兵小隊に巫者のニアとマイヨール女史を付けて急行させます。オハマ2からシド・シーラ医師が間もなく到着。ミナス・サレ・コードを使えます」
「作戦は進んでいるか」
「順調デス、女王補佐は落ち着き払っています」
「頼んだぞ」
マリラはエントランスまで女官とともに退避し、ガーランドの構築コードで防御壁を出現させた。グウィネスと道化の背後に回り込み、防御壁で2人を包み込む作戦だ。
道化の体は銃弾を受けてもすぐに再生した。グウィネスは直立のまま、のろのろと床を滑り、マリラを罵倒していた。
「我が玄街の反射砲はサージ・ウォールを動かすために作られた。お前が後手に回ったせいで、アナザーアメリカは滅ぶ。もっと早くにセバン要塞を攻めていれば、臨界空間は大人しくしていただろうに。愚かな女王、お前のために無辜の人間がどれほど苦しむことか」
マリラは相手にしなかった。エントランスは長く、バケモノ2体を取り囲むには絶好の場所だ。女官たちが一斉に構築コードを唱えた。わずか5秒で半透明の防御壁が生成し、グウィネスと道化を半球内に閉じ込めた。
道化が喚く。
「ぎぃっ! あんたら、チャチな仕掛けで閉じ込めようって魂胆!」
道化は防御壁に蹴りを入れたが、足がねじれただけだった。
「止めておけ、フール。玄街の魔女は平気だ」
白いグウィネスは張りついた笑顔のまま、自ら防御壁にめり込んだ。その物体は少しずつ防御壁に浸透し、時間をかけて半球の檻から抜け出そうとしていた。
まさにその時、サージ・ウォールに沿って、ミナス・サレ停止コードの音膜が発生した。トペンプーラがタイミングを計り、カレナードの号令で8600地点から大音量が放たれた。マリラの通信機が3回鳴って、それを知らせた。
同時に衛兵隊と巫者、そしてシド・シーラのミナス・サレ・コード小隊が女王区画に上がってきた。
マリラは笑顔を見せた。
「よく来てくれた」
シドがヘルメットを直しながら言った。
「現在、サージ・ウォール全周を観測中。完全に停止が認められない場合、もう一度発声する体勢でいるとトペンプーラからの伝言だ」
「了解だ、シド。あれをどう見る」
マリラは顎をしゃくった。シドは冷静だった。
「ガーランドの防御壁はグウィネスの敵ではないようだ」
ジーナは盾を立てた。
「残念ながら。シド医師、ミナス・サレ・コードで使えるものは?」
「あのバケモノが何で形態を保っているのか、様子を探りたい。先に巫者の力を試してくれ」
ニア・キーファはガラス玉の首飾りを幾重にも付け、手には水晶の指輪と呪具、頬と目じりに白と青の化粧があった。彼女はグウィネスの前に出て、朗々と大地霊への呼びかけを始めた。マイヨールと衛兵は弓を弾き、鏑矢が青天にごだました。
グウィネスは、まだ防御壁の中だ。
「は、は、巫女など連れてきたか、シド・シーラ。何の役に立とうぞ、その者」
5発目の鏑矢が放たれるや、ニアは地に突っ伏し両腕を広げた。
「大地の精霊よ。我の血に応え、魂の法から外れし者を元の法に載せるに力を貸し給え。応えよ、ウーヴァと呼ばれし大いなる存在よ、我の血と魂を預けるべし」
ニアの両手から血が滴った。ニアはくぐもった声で異常な詠唱に入った。グウィネスの動きがピタリと止まった。マイヨールは分かっていた。
「グウィネスの異形は危険極まりないのだわ、ニアは即座に反魂を仕掛けると判断した」
マリラはウーヴァの気配を身近に感じた。闇でありながら温かく、一瞬の白い光である大地精霊は彼女の足の下にあった。それはニアを通じてグウィネスにも繋がっていた。身震いするほどの冷たさがマリラを襲った。グウィネスの冷気だ。
ニアは身を起こし、指先の血をグウィネスに塗った。
「ガハァッ!」
魔女の怒声が響き、再び白い泥漿が飛び散った。
「おのれ! 我を浮き船の心臓から引きはがすなど不可能! 小娘ッ!」




