最終章 魔女の復活
白いものはゆらりと形を変え始めた。石膏泥漿のような液体がおびただしく垂れた。形は次第に高い帽子をいただいた女、眼窩だけが黒い女、消滅したはずの玄街の魔女となった。野太い声が出た。
「はぁぁぁ、春分……過ぎたというに、はぁぁぁ。マリラ……マリラァ、なぜここに来ない。来れば命を取ってやったに。ハァーッ!」
女官の盾に鋭い一撃があった。執務室の奥の扉の一部だった。グウィネスの白い手には引きちぎられた扉の取っ手があり、今度はそれが盾に当たった。
「こちらベル。グウィネス・ロゥも人外として現れました。相当の怪力あり。銃を使います」
マリラは言った。
「用心しろ」
ベルの銃弾はグウィネスの白い体にめり込み、すぐに同じ威力で返ってきた。盾にカンカンと火花が散った。ベルは報告を続けた。
「ワイズ・フールはグウィネスの傍から離れません。魔女の足元は床から離れず、ゆっくり滑るように移動。まるで床から生えているようです」
司令部ではトペンプーラがマリラの通信を受け取った。
「衛兵小隊は兵站勤務を解き、そちらに送ります。武器は、何ですって、鏑矢?」
「トペンプーラ、奴には通常の武器が効かぬと思え。効くとすれば、霊的な何かか、コード類かもしれぬ。作戦終了まで女王区画に封じるぞ。カレナードには知らせるな、作戦に集中させよ」
作戦開始から40分過ぎていた。
トペンプーラはホワイエの隅に衛兵を招集し、司令艦で数少ないミナス・サレ出身者とマイヨール女史も呼んだ。
「女王区画にグウィネスと道化が出現し、女王と女官が対峙中デス。完全に怪物と化し、作戦を妨害するでしょう。女王は霊的な何か、あるいはコード類が必要と言いました。皆さんの知恵を借りたい!」
対策が練られた。ミナス・サレのコード遣いはシド・シーラ医師を呼ぶべきと言った。
「彼はあらゆるコードに通じています。グウィネスを形成しているのが玄街コードなら、おおいに助かります」
マイヨールは「有効か否か分からないけど」と前置きした。
「魔女の魂がウーヴァから力を得て復活したのね。悪霊を払う詠唱、あるいは呪い返しの類が効くとでも?」
「そうなりマス。マイヨール先生、歴史学者の勘でなんなりと引き出してください」
懇願しながら彼はフロリヤ号に命令した。
「大至急、オハマ2からシド・シーラを司令本部に連れてきなさい! 30分以内に! 緊急事態につきオハマ2には私から連絡しておきマス!」
マイヨールは悪霊払いの詠唱をいくつか、加えて「非常時のみ用いる呪いの詞」を挙げた。
「狂った魔女が自滅すれば、女王を煩わさずにすむでしょう。強力なの力を持つ者に任せたいわ」
ミナス・サレの若者が言った。
「女史、あなたはやれるのでは?」
女史は首を振った。
「トペンプーラ、司令艦員のデータは頭に入っているわよね。今すぐ思い出して! 巫者を!」
マイヨールが呪いの詞を書きつける間に、トペンプーラはカレナードの傍に控えているニアをホワイエに連れ出した。ホール内の200スクリーンに、赤い点が均等に並び始めた。発声までは、まだ時間がかかりそうだ。
ニアは落ち着いていた。
「極秘事項ですか」
「聡明ですネ、ニア・キーファ。そして、外れ屋敷随一の巫者でもある。ここに居合わせたのは奇跡です。マリラ女王を助けて下さい」
「何をすれば?」
ニアはマイヨールが渡した詞に目を通すや、支度を始めた。
「2分下さい。控室から道具を取ってまいります」




