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最終章 見過ごしていた異形

 アヤイが「小隊長!」と呼びかけ、海藻とトウモロコシのスープのカップを差し出した。

「どうぞ。90分後にミーティングです」

「アヤイ、夜の海に飛び込めるか?」

「命令なら装備を完全にして飛び込みますよ。でも眼下の荒波は勘弁してほしいな」

「俺もだ。次の作戦で初陣のやつもいるはずだ。遭難だけは防ぎたい。ミーティングで司令部への具申を出すつもりだ。援護してくれ」


「了解です。他の基地で同じ事を考えてる小隊長がいるでしょうし、司令部には女王補佐がいますから」

「なんで女王補佐なんだ?」

「カレナードはミナス・サレの実験場にいて、現場を知ってる人間だ」

キリアンはスープに口を付け、すぐにカップを離した。アヤイはいぶかった。

「どうしたんです」

「……実は俺は猫舌なんだ」


 3月23日と24日は二割増しになった飛行艇を含む演習に当てられた。司令本部は次こそはという意気込みを隠し、淡々と8600機に膨れた前線の仕上がりを待った。


 24日の午後、アナザーアメリカの天候は変わりつつあった。トペンプーラは25日の午前なら持ちこたえると踏んだ。女王と女王補佐は決めた。

「25日で行きましょう。ここを逃すと次は4月に入ってしまう」


 アレクは担当スクリーンを調整した。

「いつでもいけるぞ」

司令部デスクを振り返ると、マリラとカレナードの談笑する姿があった。

「不思議だ、女王が2人になって少しも変じゃない。むしろオレは安心してここにいる気がする。あの2人が結婚したからか?」

それは単純すぎるだろうと、アレクの勘が告げた。彼は数字以外の要素が持つ意味を分かっていた。


「それもあるが、カレナードがマリラ女王の力を二乗にしている感じだ。柔らかなのに鋼のような強さだ。それでオレは安心しているのか」

アレクは大船に乗った気持ちだった。ガーランドを離れ、数年を玄街や地上の裏社会に潜んだあとの彼にとって、筋の通った喧噪のある司令本部は慰めであり、癒しだ。

「明日は何があっても、8600百機を無事に基地に戻さなくては」


 その明日が来た。第2次作戦は25日午前7時半に始まった。女王マリラの代わりに女王補佐カレナードの声がオープン回線に流れた。


「本日が3月で唯一の作戦日である。かつてサージ・ウォールは人為によりて発生した。ならば、それを止めるのも人為である。敵ではなく、ウォールは我々の一部、最も猛々しい一部である。

 40万全軍は心を纏め、これを鎮めるのだ。40万の前線の方々よ、あなた方の名を載せた名簿が私の膝の上にある。これに手を置き、オンヴォーグを贈る。前線の全てのヴィザーツとアナザーアメリカンに」


 その頃、マリラは女官と女王区画にいた。彼女たちは完全武装していた。

「マリラさまはお下がりください。防御盾、前へ!」

ベル・チャンダル率いる3名が女王執務室への廊下を進んだ。


 マリラは心臓の拍動が早くなるのを感じた。

「私としたことが! 今日の今日まで気付かぬとは、愚かなり!」


 彼女の霊感は葬ったはずのグウィネス・ロゥの気配をとらえていた。寝室の奥の儀式部屋にうごめくのはウーヴァではない。

「何という忌まわしき奴。何故に生き延びたかは知らぬが、作戦の邪魔はさせぬ」


 執務室に至ったベルたちの前に奇妙な人影が二つあった。片方は濡れた石膏像を思わせ、片方は壊れた人形のようにひょこひょこ揺れていた。


 ひょこ揺れの影からベルの盾にぶつかるものが飛んだ。鈍い音がした。

「へっ、腐れ肉では勝負になりやせんぜ、グゥ、グウィネッス殿ッ、ケケッ!」


 声が潰れたワイズ・フールは、脳みそも潰れているようだ。体は蛙のようにひしゃげ、常に頭部がぐらついている。ボロボロの道化衣装の黒ずみは乾いた血だ。

 ベル・チャンダルはそれでひるむ女ではない。

「ワイズ・フールは化け物になったようね。隣の白い物体がグウィネス?」


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