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最終章 司令艦のともしび

 感傷に浸っている暇はなかった。

3月14日、各基地に全ての部隊が集結し、南の海に戦艦とガーランド母艦が展開した。

 トペンプーラは日程表を睨んだ。各基地での慣らし期間は1週間もなく、アナザーアメリカの天候が最も安定する日を選ばねばならなかった。可能な限り太陽の光があり、天候の急変率の低い日を予測した。各地の気象台とヴィザーツ屋敷から1時間ごとにデータが送られ、司令艦の気象担当は二交代で予報に当たった。

 

 マリラとカレナードも各基地の準備状況と気象情報に神経を注いでいた。

「東海岸と大山嶺の麓の時差はほぼ3時間。西で夜明けの6時から作戦行動に入る場合、東は午前9時。快晴なら東海岸の日没は午後6時半となりマス。

 女王陛下、サージ・ウォールに直接対峙できる時間は実質6時間ほどでしょう。最初の発声で成功しない場合には体勢の立て直しで90分近いロスタイムが生じ、各基地で予備チームの用意が必要デス」


 カレナードは気象データを手にしていた。

「参謀室長、天候にサージ・ウォール収縮の影響が出ていませんか」

「女王補佐もお気づきデスか。アナザーアメリカは巨大な盆地のようなもの、南海の水蒸気供給量が減ったためか、いつもの春より降水量が減っています、特にオスティアとミセンキッタ南部で」


「沿岸部は安定的とはいえ、海上の風は強くなっている。それにセバン高原以北はまだ冬で、サージ・ウォールが直接寒冷渦に影響することもあります。大山嶺東麓も以前と違う不安定さが見られる。ブルネスカ領国西部の局地的砂嵐です」


 マリラは言った。

「1日で終わらねば、2日目があるということだ。各基地は最長で何日作戦行動が可能か」

「10日デス。30万人の人員が一斉に動くのに必要な物資とメンテナンス量の限界デス。いったん撤退すれば、再準備に3週間かかります」


カレナードは分かっていた。

「再準備の間にサージ・ウォールはさらに縮まる。気候は不安定になり、作戦は難しくなる……。この10日で終了しなくてはならない」


 司令艦は昼夜を問わず、灯りがあった。テネ城市の西郊外に浮かぶ浮き船の心臓部は、アナザーアメリカンの希望の灯火だ。司令艦の近くに臨時の祠と小さな街が出現した。街は報道関係者、そして巫座たちが集まったテント群だ。テネ城市から巡礼のように人々が訪れた。


 マリラとカレナードは、時おり女王区画に上った。ミセンキッタ大河が春の陽に輝いている。そして、心の拠り所を求め、祈る人々の列を見た。

「もし私がガーランド・ヴィザーツでなければ、きっとお参りに来ているでしょう」

「青年カレナード、野次馬をする、か」

「私はオルシニバレを離れて旅をしたかったので、きっと今頃はテネ城市にいて、飛行艇に密航するチャンスを狙っていたかも」

「何だ、結局私の所に来るのだな」

「そうですね。そして、あなたにひどい目に遭わされるのです」


 マリラは平然と微笑んでいた。

「作戦は成功するとも。その時とそのあとのために、そなたに私から贈り物をしよう。ジーナ、アライア女官から預かっているだろう」

「アライアさんは司令艦を降りたのですね」

「ああ、彼女は3人目の子がお腹にいる。テネ東の外れ屋敷へ出向中だ」


 ジーナが捧げているのは小さな箱だった。マリラはそれを取った。

「カレナード、結婚しよう。指輪でいいか?」

女王は恋人の眼に喜びが浮かぶのをゆっくり見ていたが、返事は次第に喜びから離れたものになった。

「マリラ、先日、あなたは『浮かれてはならぬ』と仰ったのに結婚を申し込むのですか。」

「そなた、私が浮かれてこのようなことをすると言うのか」

「違うのなら、真意を知りたいのです」


 真剣な声に、マリラはハッとした。

「うん……突然すぎたな。私が一方的だった、許せ。これはゲン担ぎだよ、カレナード」

「おまじないですか」

「私の心が告げている、『大事の前に、そなたとの関係に形を付けるべきだ』と。スッキリして作戦に臨みたいが……正式な婚姻がゲン担ぎではイヤか?」

「確認します、どちらが新郎でどちらが新婦なのです」


 マリラは女官長に目配せした。

「ジーナ、先達のそなたから見てどうだ」

 女官長はものともしなかった。

「どちらでもよろしいかと存じます。僭越ながら、エーリフと私は『女王と女王補佐はすでに男女の境界を超えた存在』と話したばかりでございます」

「そなた、アドリアン艦長室の無線に、そのようなことを申しておるか」

「夫とのたあいない話でございますわ。結婚の誓いをどうぞ」


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