第6章 ニアの密命
カレナードの直感は混乱していた。
「分かりましたが……お怒りですか、女王」
「いや、そなたの覚悟を問うているだけだ。女王代理としての」
「作戦はやり遂げますとも。皆、その覚悟でいますよ」
女王は何か別のことを告げているのだろうか。通信器の向こうを必死で探ろうとしたが、マリラは休むと言って回線を閉じてしまった。
カレナードは通信室を飛び出すと、夜空に向かって叫んだ。
「何の覚悟のことですか! まったく! 訳が分かりません、マリラ!」
夜はまだ冷たく、彼女は息の白さを見詰めた。彼女は自分の誕生日が近いことさえ忘れていた。
「今日は疲れているんだ、マリラもきっと疲れている。眠るんだ、カレナード」
秘書のニアは通信室に通じる回廊で女王代理の叫びを聴いた。
「マリラさま、彼女はまだ気付いていません。これでよろしいのでしょうか。全てを告げておく方が良い気がしますが……」
彼女は女王の密命を受けていた。それはカレナードが女王の冠を載せられるよう、覚醒させることだった。
外れ屋敷出身のニアは、ガーランド女王の弱点をすぐに見抜いていた。
「ガーランドは女王あっての浮き船。1年近く艦隊のままで、カラ艦や巡航艦のいくつかを失った今、ウーヴァの加護はどれほど有効なのか。マリラさまが生き脱ぎをしなかったら……少なくとも、あの方は不死ではなくなる。
マリラさまは女王職を退くと仰った。玄街戦の責任を取るために、新女王を立てて御自分は裏方で戦後処理を引き受けると。でも、女王代理に明らかにするのをためらっておられる。女王職はすさまじきものゆえに……。今のカレナードではまだ無理でしょう」
桜の芽が膨らみかけたオハマ2にフロリヤ号が来た。フロリヤ・シェナンディ・パスリの愛機はオレンジ色の飛行艇に代わっていた。最近の主な任務は女王を運ぶことだ。
しかし、女王は乗っていなかった。代わりにトペンプーラが最終行程のチェックに訪れた。
カレナードは落胆を隠した。隠さざるを得なかった。彼は女王代理に新たな任務を持ってきた。
「カレナード・レブラント。あなたは停止作戦においてガーランド母艦にて女王補佐を勤めていただきます。事実上の女王職です。辞令を受けなさい」
彼女は完全に虚を突かれていた。
「先に説明を願います、トペンプーラ参謀室長!」
「やれやれ、マリラ女王がこうも長く女王代理を任官させている訳を考えないのネ」
カレナードの直感は『冷静になれ』と告げていた。
「女王が直接あなたに告げなかった理由が分かりますか、元少年」
「僕はあの頃の僕ではありませんが……いまだ未熟者ゆえ女王は肝心な要件をあなたに託したのですね?」
「それもありマス。が、これは正式な命令です。まずは辞令を受けなさい」
フロリヤが箱を差し出した。中に書類とマリラの手紙、さらに小さな冠があった。フロリヤは白い手袋をつけ、冠をカレナードの額に当てた。華奢に作られた細い金属の冠は宝石の代わりに白い真珠が付いていた。それだけなのに質量ではない重さがあった。
「似合っていますよ、カレナード」
フロリヤは微笑み、ニアは真珠色のマントをカレナードの体に羽織った。が、当の本人はマリラの手紙を読むや、マントと冠をフロリヤに押し付け、外に走り去った。
トペンプーラはニアに言った。
「停止作戦の詳細を伝えねばなりません。連れ戻してください。ダメだったら、ワタクシが蹴りを入れます」
食堂の裏庭で、女王代理は嗚咽した。
「こんなの、突然すぎる。マリラ、なぜ黙っていたのです。私には一言も打ち明けず、勝手にひとりで決めて。何もかも!」




