第6章 ミナス・サレ脱出
キリアン機が広場に着地した。カレナードは酒保の台車にクラカーナを載せ、広場に出た。
「キリアン、御老体をコクピットへ!」
「重い爺さまだな。いったんスピラーの手に乗せてからだ。お前も一緒に乗れ」
強風の中、クラカーナを収容し、例の箱を操縦席の後ろに格納した。
「キリアン、私をジュノアさまの飛行艇まで、スピラーの手で運んで」
「コクピットに入れ、外はもう危険だ」
塩湖に近い滑走路は使えなかった。黒い砂塵の塊が飛来し、天蓋にぶつかっては砕けている。
工廠局周辺の短い滑走路を使って飛行艇が次々に飛び立った。
ジュノアが乗る飛行艇は一番端で待っていた。クラカーナの意識が戻った時、すでに飛行艇は滑走を始めていた。
「ジュノア……印璽はどうした」
「カレナードから受領いたしました。お父さま、いえ、領国主殿。馬鹿なお考えは捨てて下さい。あなたは立派な仕事を成し遂げたのです。見事な城を、安住の地を築いたのです。たとえ失っても、あなたの行いはミナス・サレ領国民が覚えております。行いこそが宝です。さあ、一緒に別れを告げましょう」
ジュノアの頬にひとすじ泪が流れた。
飛行艇は大山嶺に向い、後部の窓から芳翆区と水道橋、そして本城すべてが見渡せた。砂塵の塊はいよいよ激しく飛来し、ミナス・サレ城の白い外壁にぶつかっていた。栽培プラントのガラスが割れて散っていく。後続の飛行艇がその視界を遮るまで、父と娘は故郷の崩壊を見詰めていた。
カレナードはバジラの飛行艇の傍のキリアン機のコクピットに居た。ホバリングのバランスを取る飛行艇だが、黄鉄回廊に侵入する風のため、次第にトンネル内に押されていた。
「天蓋はまだ健在だ、あと30分撮影させてくれ!」
バジラは必死で任務に当たっていたが、パイロットは機体の軋みから「15分で切り上げますよ」と冷静な返事をする。
キリアンも冷静だった。
「このトンネル、途中にいくつかミナス・サレ式の防御壁を設けた方がいいと思う。他のトンネルも。サージ・ウォールの黒い塊が入り込むとヤバい気がする。カレナード、お前も撮影は終わってくれ。これ以上コクピットを開けていられない」
「分かった、キリアン。通信器を使うよ。こちらレブラント、女王代理の命を伝える。バジラ・ムアは任務完了せよ。完全撤収する」
キリアンはバジラの飛行艇がゆっくり旋回するのを確かめた。
「カレナード、お前の声、マリラさまに似てきたぞ」
脱出した一行は戦艦アドリアンに収容された。エーリフ艦長が出迎えた。
「マギア・チームはご苦労だった。ミナス・サレの方々も今夜は十分に休んでいただきたい。本艦はオハマ2に向かいます」
そこで待っていたのは女王、エーリフ、トペンプーラ、リリィ・ティンとウマル・バハ夫妻だった。歓迎の席で、マリラはアガン家を慰撫し、ミナス・サレの再生について語った。
「ここオハマ2は旧トルチフ領国の北端にある。緩衝地帯の中では長く手付かずにきた場所だが、ミセンキッタに近いのが利点でもある。アナザーアメリカ法によって、ここに領国を建てることも可能です」
ジュノアにトペンプーラがリリィとウマルを紹介した。
女王の傍にエーリフとジーナがいた。エーリフとジーナの指に同じ指輪が光る。カレナードはしばらく艦長夫妻の間に帯電する不思議さを見詰めていた。
トペンプーラが肩を叩いた。
「あの二人が結婚したのは、アナタのせいです。自覚はないでしょうけど」
「まったく覚えはありませんよ。ところで参謀室長、実験継続の候補地は」
「せっかちデス、カレナード。明後日、説明会を設けますから、今夜はきちんと食べて寝て、明日はオハマ2の全体像を頭に入れなさい。マリラさまはアナタにここで女王代理を続けさせると仰った」
「ミナス・サレ領国の中枢をここに移したからですか……」
「分かっているなら、その気乗りのしない顔は止めなさいネ。ララークノ西方家を説得しての補給と資材確保はテッサ嬢が大鉈をふるったからです、感謝すべきです!」
「分かりました。私は少し疲れました」
彼女は外に出た。ミナス・サレほど寒くなかった。星が瞬いていた。月の青白い光がにわか仕立ての町を照らしている。彼女は女王の重圧を受け止めていた。




