雨の中②
「ジーク。泣いてるの?」
優しい、ソフィの声。
あの頃と同じ幼く慈しみに満ちた声。
小さな手。ちいさな、ちいさな手。
そこから感じる、ソフィの温かさ。
「ソフィ」
「……っ」
こちらを見つめる、ソフィの目。
今にも泣きそうで潤みきったその幼い双眸。
それにジークは声を発するより前に、ソフィを抱きしめた。
片膝をつきーー
収納した温かな思いを全て取り出して。
「ソフィ。もう、大丈夫だ。もう、誰にも。ソフィを」
「……っ」
「生きて。生きていてくれた。それだけで、それだけで」
ジークの思いのこもった言葉。
それにソフィはぽろぽろと涙をこぼし、ぎゅっとジークを抱きしめる。
か弱い力。細い手足。しかし、ジークを抱きしめるその力は、とてもとても強い。
「わたしも、うれしい」
「みんな、みんな死んじゃった。村のみんなっ。しんじゃった。ジークもっ、死んじゃったってっ、ソフィは思ってっ」
「でもっ、でもっ」
ソフィの瞳。
そこに宿る虚な光。
「しらない人。しらない人がっ、ソフィのこと」
「もういい、ソフィ。もういいんだ、ソフィ」
ソフィの言葉。
それを遮り、ジークはソフィの顔を見る。
「今ッ、ソフィは生きている!! それで、それでいいんだ。それだけでいいんだ」
ジークの思いのこもった声。
それにソフィの虚な瞳が元の瞳へと戻る。
そしてソフィは泣いた。
ジークの胸に顔を埋め、泣いた。
「生きてる。ソフィは、いきてる」
"「この玩具。もう壊れちまったな」"
"「最後に死姦でもしてやろうぜ」"
「痛いッ、いたい!! いたいッ、いたい!! ごめんなさいッ、ソフィはッ、まだッ、できます!! まだッ、できます!! まだっ、まだ」
蘇る、生々しい記憶。
それにソフィは泣き叫び、ジークに縋る。
「ソフィは、そふぃは。まだっ、ちゃんとでき、ます」
「収納する」
「ソフィの心傷を」
虚なソフィの瞳。
それを見据え、ジークは力強く呟く。
瞬間。
ソフィはぐったりとし、ジークへとその身を委ねる。
そして、「じーく。ジーク」と、母の名を呼ぶ赤子のように声を漏らし、そのまま眠りに落ちる。
そのソフィの身。
それを抱き抱え、ジークは空を見つめる。
呼応し、降り注ぐ雨。
「収納する。ソフィに降り注ぐ雨粒を」
力を行使し、ソフィだけが濡れないようにするジーク。
そして自らはその身を濡らし、固く固くその唇を噛み締めたのであった。
〜〜〜
「これでしばらくは、保つ。禁忌の魔法がひとつ。蘇生。それを使った甲斐があった」
鎮座した巨大な水晶玉。
そこにうつる、ジークとソフィの姿。
それを見つめ、魔聖は息をつく。
「ソフィ。あの少女が時間稼ぎをする間に態勢を整える」
「勇者の身に転生、か。あのジークという存在。もはや正攻法ではどうにもできぬ」
「だが、うむ。あの少女の為なら、ジークは転生を解く。いつまでも勇者の姿。というわけにはいかないからな」
自身の黒髪。
それを弄る、カレン。
そしてその整った顔に宿るのは、混じり気のない愉悦に満ちた表情だった。
〜〜〜
ベッドの上。
そこですやすやと寝息を立てる、ソフィ。
その月明かりに照らされた幼き姿を、ジークは見つめる。
場所は廃れた村の家屋。
ジークが収納した故郷。
それを取り出した場所だった。
「じーく」
「また、お花のかんむり、つくって。あげる」
ソフィの幼い寝言。
それにジークは、久方ぶりに頬を綻ばせる。