雨の中①
ダークスネークの蹂躙。
それに晒され、壊滅した村。
村人は皆、ダークスネークの殺意の前に物言わぬ亡骸と化し、そして完全なカタチで残る死体は一体もない。
その蹂躙の跡。
それを見つめ、しかしジークの表情は一切変わることはない。
満足げに鳴き声を響かせる、ダークスネーク。
それに手のひらをかざし、ジークは声を発する。
「収納する、闇蛇を」
漆黒に包まれ、ダークスネークは収納されていく。
まるで懐かしき闇にその身を委ねるようにして。
消える、ダークスネーク。
そして、ジークはその身を翻さんとする。
次なる、勇者が救った場所。
それをその頭の中に浮かべながら。
だが、そこに。
「ジーク」
響く幼い声。
途端、ジークの視界がぐらつく。
聞き覚えのある声。
どこか儚く、いつもジークが聞いていた声。
「ジーク。ジーク。わたし、だよ」
今にも泣きそうなその声。
それに、ジークは声の響いたほうへと視線を向けていく。
ゆっくりと。その身を小刻みに震わせながら。
果たして、そのジークの視線の先に佇んでいたのはジークの予想した通りのモノ。
「そ、ふぃ。ソフィ」
微笑む、少女。
汚れた白のローブに身を包み、その足は裸足。
少女。
ジークの心に残るソフィ。
その姿が、ソコにはあった。
陰る日の光。
空は雲に覆われ、曇天へと変わる。
ゆっくりと、ジークの元へと歩み寄ってくるソフィ。
ふらついた足取り。
しかし、ジークはソフィの元へと駆け寄ることはしない。
ぐらつく視界。
それを堪え、ジークはソフィの記憶を収納せんとしる。
あり得ない。ソフィがここに。
そんなことあり得ない。そんな思いで。
ソフィは死んだ。
加えて、勇者の身に転生したジークをジークと理解しているのも説明がつかない。
「ジーク、ジーク」
嬉しそうな、ソフィ。
その瞳を涙で潤ませ、少しでもはやくジークに縋ろうとするその弱々しい姿。
それに、ジークは力を行使した。
「収納する。あのモノの記憶を」
刹那。
ジークの中に流れ込む、ソフィの記憶。
"「ジークっ。おはなの冠だよ」"
"「おはよー、ジーク。今日もたくさん、あそぼうね」"
「……っ」
紛れもなく、ソフィの記憶。
悪意無き、あの頃のソフィの記憶。
そして、自身の最期の瞬間。
弄ばれ、その命を散らさせる寸前の記憶。
それもまたジークの中に流れ込み、ジークは確信する。
「ソフィ。ほんとに、ソフィなのか?」
「なら、どうして。ココに」
「なぜ。勇者の姿である、この俺が。ジークだと、わかった?」
頭痛。
ジークはそれを抑え、声を絞り出す。
「ジーク。おはなのかんむり。また、また」
ジークの言葉。
それにソフィは答えない。
いや、答える余裕などなかった。
倒れ、それでもジークへと手を伸ばすソフィ。
その姿。
それに、ジークはソフィの元へと駆け寄る。
そして、差し出されたソフィの手のひらを優しく握りしめーー
「ソフィ」
そう呟き、もう流すことはないと決意していた温かな涙を流したのであった。