ジュリア⑦
拳を受け、腹を抑えたジュリア。
「じ、ジーク」
声を漏らし、ジュリアはふらふらと後ずさる。
そして、苦虫を噛み潰したような表情をたたえ、ジュリアはジークを見つめる。
汗の滲む、ジュリアの整った顔。生まれてはじめてジュリアが抱く切迫した焦燥。
それがその汗の正体だった。
「わ、わたしはなにもしてない。そ、それなのにどうして……こ、こんなひどいことをするの?」
無機質にジークは手のひらをかざす。
ジュリアに向け、揺らぎのない殺意を露わにして。
叫ぶ、ジュリア。
「やめてッ、やめてよッ、ジーク!! わたしはなにもしてない!! やッ、やったのは全部ッ、ぜーんぶ勇者なの!! 何度言えばわかるの!? ゆ、勇者だってッ、言ってるでしょ!?」
「収納する」
"「ジークっ。わたしっじゅりあのこともだいすきだよっ」"
ソフィのジュリアを信じたあどけない笑顔。
そして、変わり果てた亡骸。
それが脳内に滲み、ジークは吐き捨てる。
その瞳に闇を蠢かせーー
「てめぇの右耳を」
つんざく、ジュリアの悲鳴。
右耳のあった箇所。
そこを抑え、半狂乱になるジュリア。
血を滴らせ、ジュリアは叫ぶ。
金切り声で。その瞳を涙で潤ませながら、叫ぶ。
「やめてッ、やめてよッ、ジーク!!」
だが、その本質は変わらない。
「謝ればいいの!? あッ、謝ればいいんだったらそうするわ!! だッ、だから!! 許して!! ねぇッ、ジーク!! どッ、どうしたらわたしを許してーーッ」
「収納する」
「……ッ」
三度、響かんとするジークの声。
それにジュリアは、縋る。
レオンと、コルネ。
その元に駆け寄り、縋り付く。
「たッ、助けて!! なんでもッ、なんでもするから!! 死にたくない!! わたしはまだッ」
しかし、二人は応えない。
ランスロットの言葉。
"「剣を収めろ」"
それに従い、ジュリアを冷酷な眼差しで見つめるのみ。
唇を噛み締める、ジュリア。
その顔。
そこにはもはや、余裕は欠片もない。
後ろに感じる、ジークの殺気。
それに歯を鳴らし、ジュリアはちどりあしでランスロットの元へと近づいていく。
「け、剣聖様。ど、どうかわたくしをお救いください。こ、この命だけは。この命だけは」
「なら問う」
ジュリアの懇願。
それに剣先を向け、声を発するランスロット。
「故郷の者たち。その者たちは、どのような罪を犯した? 惨たらしく弄ばれ、その命を奪われる程の罪。それを犯したというのか? それに、お前は。いや、お前たちは聞いたのか? 故郷の者たちの救命の願い。それを聞き届けたのか?」
「そ、それは」
視線を泳がせる、ジュリア。
しかしそこで、ジュリアは身を震わせーー
「ご、ごめんなさい。わ、わたしは、わたしは。罪を犯しました。取り返しのつかない罪。それを犯しました。ゆ、赦されるとは思っておりません」
涙を流し、ジュリアはその場に膝を折る。
そして、自分の罪を認めるフリをして謝罪の声を更に響かせようとした。
こうすれば、命は助かる。そう自身に言い聞かせるようにして。
だが、そこに。
めきッ
ジュリアの後頭部。
そこに振り下ろされる、ジークの足。
「っぐ」
石畳に顔を押し付けられる、ジュリア。
呼応し、ジークは呟く。
「収納する。勇者の力を」
ジュリアに付与されていた、アレンの結界。
それを消失させーー
ジークはその手に闇色の剣を握る。
自らの周囲。そこに澱む、闇。それをあらゆるモノを剣にする力を使い、剣にして。
振り上げられる、闇の剣。
それはジークの殺意に胎動し、脈打つ。
足を離し、ジュリアの頭に照準を合わせるジーク。
間際。ジュリアは、ジークを仰ぎ見た。
そのジュリアの潤んだ瞳。
そこに宿っていたのは、畏れや自責ではない。
宿っていたのは、自分の思い通りにならなかったという後悔と悔しさのみ。
最後の瞬間まで、ジュリアはジークに謝罪などしない。
それに、ジークもまた表情を変えることはない。
そして。
「シね」
吐き捨て、ジークはジュリアの顔面に剣を突き刺す。
躊躇いも容赦もなく。ただ、無機質に。
潰れた悲鳴。
それが短く響き、ジュリアはちいさく痙攣する。
しかしそれもすぐに収まり、己の血溜まりの中に埋もれるジュリア。
顔に剣が穿たれた、ジュリアの亡骸。
そこには、生前のジュリアの美しい姿は欠片もない。
あるのは、無様で醜いーー
亡骸の姿だけだった。