ジュリア④
〜〜〜
「闇がきます」
「大聖堂。王都。それを滅ぼした闇。それが、この地に」
響く澄み切った二つの声。
それに、剣聖は天窓から差し込む陽光にその身を照らし、答える。
蒼く輝く剣。
それをその手に握り、声の響いた方を仰ぎ見ることなく。
「勇者殿は未だ帰らぬか」
「未だお帰りになられていません」
「おそらく。闇の討伐に向かわれたと思われます」
ランスロットの言葉。
それに顔をあげ、白と黒に彩られた二人は答えた。
銀髪と黒髪。それを揺らし、纏いしは白と黒のローブ。
二人は片膝をつき、視線の先に佇むランスロットに対し畏敬の表情を浮かべる。
「ランスロット様」
「わたくしたちも勇者様の加勢に」
しかし、ランスロットは視線を向けることなく意思を表明した。
蒼色のオーラ。それを纏い、無機質に。
「ココで。俺の領域で闇を迎え撃つ」
「ですが、ランスロット様。闇との戦場になれば、王都や大聖堂と同じような結末」
「それを迎えるやもしれません」
「万が一にも罪無き民たち。その者たちを巻き込むこと。それは」
響く二人の声。
それにランスロットは応えた。
その身を翻し二人を見据えーー
「憂いはない。その為に俺の力に満ちたこの場があるのだからな。ジュリア様をこの都に迎え入れたのも、全て承知の上」
そう声を発し、蒼の双眸に冷酷な光を宿すランスロット。
そして更に声を響かせる。
「ジュリア様をココに。俺の聖堂にお招きしろ。勇者様が敗れた。ですから、もっと安全な場所。そこにお招きすると仰って。俺の領域であれば、闇は外には漏れぬ」
「それは……ジュリア様を闇を誘き寄せる為の囮にするということでしょうか?」
「ですが、ランスロット様。勇者様がソレを知ったら」
二人の勇者を怯える反応。
ランスロットはしかし、更に言葉を続けた。
「聞けば、あの闇。名をジークと言ったか? その者が闇に堕ちることとなった元凶。それは、ジュリア様と勇者殿ではないか? そんな声も俺の耳には入っている」
「なれば、その真意。それを俺は知る必要がある。俺が守るのは、この世界。誰かの私欲。それを守る為にこの剣を振るうことなどないのだからな」
声にこもった、ランスロットの強き意思。
それを二人は首肯し、その場に立ち上がる。
そして。
「かしこまりました」
「今すぐジュリア様をココに」
そう声を響かせ、足早にジュリアの元へと向かっていく。
その二人の背。
それを見つめ、ランスロットは再び身を翻す。
そして蒼き剣を軽く振り、己の双眸に揺らがぬ灯火を宿したのであった。
そのランスロットの思惑。
それを石柱の陰から見つめる、イライザ。
「じゅ、ジュリア様」
そう呟き、イライザは急ぎジュリアの元へと転移しようとした。
だが、そこに。
「そこに居るのはわかっているぞ、女」
ランスロットの声。
それが響き、イライザの隠れていた石柱が遮断される。
途端、小さな悲鳴をあげその場に蹲るイライザ。
ぱらぱらと降り注ぐ、欠片。
身を白く染める、イライザ。
ランスロットはそのイライザに吐き捨てた。
「女。俺の邪魔だけはしてくれるな」
その声には宿っていた。
微かな殺気。そして、冷酷な感情。
それがはっきりと。
〜〜〜
「勇者様。遅いわね」
窓の外を見つめ、ジュリアはため息をこぼす。
「すぐに帰るって言ったのに。もしかしてなにかあったのかしら? イライザさんも姿が見えないし」
「大丈夫です」
ジュリアの不安。
モナはそれに、答える。
「勇者様はすぐにお戻りなられます」
「あら、モナ。ありがとう。わたしの不安を少しでも和らげてくれて」
「いえ、イえ。なにせ、あの勇者様です。一度、ワたしを。いいえ。ナニもありません」
「モナ?」
モナの声。
それに違和感を覚え、ジュリアは後ろを仰ぎ見る。
しかしそこに立っていたのは、いつものモナ。
「ご安心ください、ジュリア様。勇者様はきっと大丈夫です。きっと、きっと。大丈夫です」
微笑む、モナ。
ジュリアもまた笑顔を浮かべ答えた。
「そうよね。勇者様はきっとーー」
刹那。
ジュリアの脳内。
鮮明に響くジークの声。
「コロす」
額を抑え、小刻みに身を震わせるジュリア。
その鮮明な声の響き。
それは、ジークがジュリアの間近に迫っていることをはっきりと示していた。