ジュリア①
〜〜〜
「くそっ、くそ。ジークのやつッ、どこまでわたしを追い込めば気が済むの!? ほんとッ、鬱陶しいわね!!」
声を響かせ、しかしどこか怯えたような表情をジュリアは晒していた。
場所は剣聖の都。そこの最も高貴な宿屋。
高貴な宿屋といっても、王都の居室に比べればやはり貧素なもの。
「ジーク、あのゴミ。だから負け組なのよ。どこまでもネチネチネチネチと……故郷のひとつやふたつ。失ったからってしつこいのよ、ほんと」
吐き捨て、自らを抱きしめるジュリア。
微かに震える、己の身。
それは口では悪態をついても、ジークに対する畏れを隠し切れぬことを意味していた。
「あ、謝れば許してもらえるかしら? う、ううん。わたしはなにも謝るようなことはしてない!! む、むしろ謝るのはジークのほうでしょ。こんなに世界をめちゃくちゃにして……ど、どう責任をとるつもりかしら?」
自己弁護とジークへの責任転嫁。
それを声に出し、ジュリアは心の平静を保とうとする。
だがその身の震えは治らずーー
っと、そこに。
「ジュリア様」
ジュリアの名を呼ぶ幼い声。
それが響き、表情を取り繕うジュリア。
そして。
「はい。どうぞ、お入りになってください」
口調を変え、ジュリアは声を響かせた。
合わせて身体を反転させ、扉のほうを見つめるジュリア。
開く、扉。
果たしてそこに佇んでいたのはーー
「勇者様より、貴女のお側にと仰せ仕りました。名はモナ。生活魔法と共に一通りの魔法を使えます」
青髪小柄の少女。
その瞳は青に輝き、ココネと同じような強者の雰囲気を醸していた。
ジュリアはその少女に、微笑む。
「よろしくね、モナ。わたしはジュリア」
「はい、よろしくお願いします」
ジュリアの笑顔。
それにモナもまた、笑顔で応える。
「ところで、モナ」
「はい」
「一体どんな経緯で。勇者様からわたしの元へ?」
「それは、その。勇者様がいつもジュリア様のお側に居られるわけではないので……【護衛兼生活支援】でわたしがギルドで募集をかけていたところ、勇者様がわたしをスカウトし今に至るわけです」
「そうなのね。ふふふ。勇者様はいつもわたしのことを考えてくださっているわ。流石、勇者様。わたしが心を許しただけのことはあります」
響くジュリアの言葉。
それににこりと笑う、モナ。
しかしその笑みには、心がこもっていない。
そしてその青色の瞳の奥。
そこには、ジークと同じような憎悪に満ちた闇が蠢いていたのであった。
〜〜〜
空を見つめ、風にローブを揺らすアレン。
剣聖の都。
それを見下ろす、丘の上。
そこにアレンとイライザは居た。
アレンの後ろ。そこから数十歩離れた位置。イライザはそのに佇んでいる。
そして、響く声。
「アレン様」
「……」
「王都はジークの手により壊滅。王を含む王族。それもまた全て」
「全滅か?」
「はい」
アレンの短い問い。
それにイライザは、手元の水晶玉を見つめ表情を変えず頷く。
そして、続けた。
「あのモノの憎悪。そして、その力。それは明らかにこの世界の理を超えています。アレン様とそのお仲間の手により、滅ぼされた魔王。その魔王をあのモノは既に上回っております」
「……」
「今、アレン様が動かなければこの世界は再び闇に。アレン様。剣聖様と魔聖様と手を組み、ジークを。あのモノをーー」
「イライザ」
「はい」
「ジーク。あのゴミは、世界を壊すと思うか?」
イライザを仰ぎ見、問いかけたアレン。
その顔はどこか楽しそうで、ジークに対する畏れなど欠片もない。
「わかりません。ですが、その可能性は大いに」
イライザの返答。
それにアレンは満足げに頷き、「だそうだ、ゴミ」と吐き捨て、イライザの背後を見つめる。
刹那。
漆黒に包まれ、ジークはそこに現れる。
返り血。それでその身を濡らし、「コロす」とアレンに手のひらをかざすジーク。
それをアレンは嗤う。
「ははは。 てめぇやっぱり化け物だな。いつ知った? 俺が死んでねぇってことにいつ気がついた? 答えろよ、ゴミ」
「……っ」
響くアレンの声。
それにイライザは己の後ろを見ようとした。
その、瞬間。
「退け」
無機質なジークの声
それが響き、イライザはその場に膝を折る。
そして、こちらを見据えるジークの姿を畏怖し、身動きが取れなくなってしまうイライザ。
カチカチと歯を鳴らし、イライザはジークから感じる死の恐怖に涙をこぼし続ける。
そのイライザの側。
そこを通り過ぎ、アレンの元へと近づくジーク。
それを笑いーー
「収納する。距離を」
瞬時に、ジークはアレンの眼前に現れる。
そしてその薄ら笑いを浮かべるアレンの顔面に、ジークは叩き込む。
天賦と神。それが宿った拳。
それを、躊躇いも容赦もなく。