心の闇①
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アレンの言葉。そして、王の命。
それにより、大聖堂に向かう兵の列。
その数、およそ千。
皆、その顔に浮かぶは王に対する忠誠と世界を闇を包みし者に対する敵意。
甲冑に身を包んだ彼等の先頭。
そこには王国の旗が揺らめき、そして兵たちを束ねる長が険しい表情で歩みを進めていた。
そのガイラスの側。
そこに控えた一人の兵はガイラスへと声をかける。
「ガイラス様」
「……」
「このような数の兵。それが一度に動くのは、あの時以来。とある村を包囲し、一人残らず始末したあのーー」
その言葉の続き。
それをガイラスは遮った。
「あれは王命だ。そして、勇者様のご意向。それがあったと聞いている」
「承知いたしております」
「中には混乱に乗じ、幼き子どもたちを拐かし売り払った者も居たと聞く。その他にも、様々なことがあの日。あの村で行われた。王命。勇者様のご意向。それを免罪符にして」
「はい」
「もし、俺ならば」
視線を前に向けたまま、ガイラスは続ける。
「もし、その村が俺の故郷だったのなら。たったひとり生き残りがこの俺だったなら。そして、その事実を事の首謀者から知らされたのなら」
「……」
「復讐。その負の感情に身を委ねることになるだろう」
そのガイラスの言葉。
それに兵もまた小さく頷き、「えぇ。わたくしも」と応え、僅かに目を伏せたのであった。
〜〜〜
「じーくっ。ねぇ、じーく」
「こんなところで寝てたら、風邪引いちゃうよ」
温かな日差し。
そして、幼くもしっかりした声。
それに、ジークはゆっくりと瞼を開ける。
「あっ。やっと起きた。ふふふ。おはよう、じーく」
「……っ」
「ほら、ジーク。顔を洗ってきなさい」
「今日は昼から、父さんと街に行こう」
ジークの視界。
そこにうつる、朧げな故郷の大切な人々の顔。
それに手を伸ばし、ジークは触れようとした。
その目から涙をこぼし、触れようとした。
しかし、それは叶わない。
届かない手のひら。
闇に飲まれていく、大切な人々の思い出。
「みんな、どこに」
「俺も。俺も、いっしょに」
刹那。
「じーく」
ぽとり。
悲しげな声。
それと共に、ジークの頬に幼い涙が落ちる。
その涙は冷たく、そして。
「また、いっしょに。おでかけ。したかった。やさしい、じーく。だいすきだよ。だい、すき。だよ」
同時に、ぽたぽたと降り注ぐ冷たい涙。
ジークもまた涙を流し、その声に応えようとーー
〜〜〜
そこでジークは目を覚ます。
降り頻る、雨。
その中でその瞳を虚にし、とめどなく涙を流しながら。
視界に広がる曇天。
それを見据え、「収納する。温かな記憶と思い出を」そう呟き、心を闇で満たすジーク。
しかし何故か、涙が止まらない。
「収納する。俺の涙を」
代わりに心が痛む。
「収納、する。心の痛みを」
呼応し、ジークの表情は無機質になる。
そして、ジークは身を起こす。
足元に広がる、闇。
その中に蠢く、収納されしモノたち。
それを見据え、
「殺す、奴を」
殺気に満ちた声。
それをこぼし、ふらつきながら歩みを進めようとするジーク。
しかし、そこに。
ジークの足元。
そこに射られた矢が穿たれる。
それに目を落とす、ジーク。
倣い、ジークは感じた。
こちらに迫る、無数の矢の気配。
【貫通】の力。それが付与され、銀色のオーラに包まれた矢の気配。それを、はっきりと。
仰ぎ見。
視線を上に向け、迫る矢にジークは力を行使する。
「収納する。俺に向かう矢、全てを」
闇に包まれ、消滅する無数の矢。
【収納物】
貫通の矢×1336
そしてそれを同時に取り出し、ジークは吐き捨てた。
「死ね」
【収納物】
貫通の矢×1336→0
放たれる、矢。
そこには確かに宿っていた。
ジークの揺らぎない殺意。それが確かに。