ルーシア②
響く、ルーシアの苦悶に満ちた声。
それを聞きながら、ジークはルーシアの頭を踏み潰さんとする。捕食の闇。それさえも従え、収納して。
力無き、ルーシア。
それはただ、人のカタチをした悪魔に過ぎない。
降り注ぐ、ジークの殺意。
それに、ルーシアは懇願しようとした。
「助けてください」
そう、訴えようとした。
だがその思いはジークに届くことはない。
「死ね」
響かんとする、ジークの無機質な声。
だが、そこに。
「ジークさま。ジーク、さま」
ジークと同じ無機質な声と、鎧が擦れる音。
そして不規則は足音が染み渡る。
その三つの音。
それにジークの意識がルーシアからその音の響いた方向にむけられる。
瞬間。
「ジーク、さま」
そう声を漏らし、血まみれになったレオナの姿。
それが、ジークの瞳に捉えられる。
ふらつき、倒れ。それでも、「ジークさま。レオナ、は。ジークさまの、お側に」と声を響かせ、ジークへと手のひらを伸ばすレオナ。
背に穿たれた真紅の剣。
その刃先はレオナを鎧ごと貫通し、赤々と明滅。
そしてその剣にジークは見覚えがあった。
「アレン」
呟き、レオナの元へと現れるジーク。
距離を収納し、一瞬にして。
「ジーク、さま」
現れた、ジーク。
その姿を見上げ、レオナは口元から一筋の血を滴らせながら微笑む。
そして再び。
その手をジークに向け伸ばそうとした、瞬間。
「おい、ゴミ。この女が次のお前の女か? はっ、中々。いい面、してんじゃねぇか」
ジークの脳内。
そこに響く、アレンの声。
それにジークは目を見開く。
「なんだよ、負け組。怒ってんのか? せっかく、俺の力でこの女をココまで連れてきてやったのに」
「それに。久しぶりに声をかけてやったってのにつれねぇな。もっと喜んでもいいんだぜ? なんなら、ジュリアの声も聞かせてやってもーー」
「シね」
アレンに吐き捨て、ジークは伸ばされたレオナの手を握りしめる。
それにレオナも応え、「おそば、に。ジーク、さまの。わたし、おそばに」と呟き、立ち上がらんとした。
だが、それをアレンの悪意が遮る。
「死ぬのはこの女だ。知ってるだろ、負け組。その俺の創った剣のチカラ。よーく、知ってんだろ?」
「ジーク、さま」
「絶対的な死。抗うことなどできぬ、死。存在そのモノの死。即ち、無に帰す」
「ずっと。ずっと、お側、に」
透けていく、レオナの身。
それはその存在が無くなりつつあることを示していた。
「絶望しろ、ゴミ。絶望し、もっとこの世界で暴れろ。俺の為に。俺に利用される傀儡の悪として」
ジークを嘲る、アレンの声。
だが、ジークの闇に陰りはない。
「アレン」
「あ?」
「絶望するのは、てめぇだ」
「なにを言ってーー」
「収納する。レオナの存在を」
【収納物】
レオナの存在×1
消える、レオナ。
アレンの力により無に帰す前に、レオナの存在そのものがジークの【収納物】の中に収納される。
【収納物】。その中では、ジーク以外のモノがその収納物に干渉することは不可能。
それが意味すること。
それは、即ちーー
響く、アレンの嗤い。
「おもしれぇ。おもしれぇな、その力」
「来いよ、ジーク。相手になってやる。てめぇのその力なら、オレの元に来ることなんざ簡単だろ?」
そして途切れる、アレンの声。
呼応し、ジークの身もまた闇に包まれる。
声の主との距離。
それを収納し、ジークは声の主の元へと向かっていったのであった。
「……っ」
目の前で起こった現実。
それをルーシアはただ見つめることしかできなかった。
ジークにより奪われた捕食の闇と自身の力。
それによりルーシアの苦痛は収まっていた。
しかしその顔は、先ほどよりも怯えジークに対する畏れに彩られていたのであった。