聖なる地④
大聖堂の内部。
そこに足を踏み入れた、ジーク。
中は静まり返り、物音ひとつしない。
光源は、点在する蝋燭台に灯った蝋燭。
ゆらゆらと揺れるその蝋燭の火に照らされ、ジークの影もまたゆらゆらと揺らめく。
そんな、中。
黒いローブに身を包んだ者たちがジークに刃を向ける。ジークの死角。そこからその身を現して。
煌めく、刃。
しかし、ジークには通用しない。
「収納する。俺の死角を」
呟き、ジークは己の死角を収納。
全方位をその目にうつす。
そして軽くのけぞり、向けられた刃をかわすジーク。
「よくかわしたな。しかし次はそうもいかないぞ」
「我らは聖女様の影。大聖堂に楯突く者を闇のうちに葬る者たち」
「名を【闇刃】という」
「この刃には毒が塗っている。触れるだけで即死する猛毒がな」
そう声を響かせ、再び闇に身を同化しようとする面々。
しかし、ジークは逃さない。
「収納する。この場で俺の邪魔をする者を」
呟き、闇刃の面々は一瞬にして収納される。
そしてからんっと音を立て、その場に落ちる毒刃。
それをも収納し、ジークは先へと進む。
その姿。
それを、扉の隙間から見つめるメリル。
「ゴミ。ゴミ。まだ生きている。くそ。くそ。どこまでしぶといんだ、あのゴミ」
嫌悪に満ちた表情。
それをたたえ、メリルは爪を噛み続ける。
"「メリルッ、わたしは上に行く!! 貴女よりもずっと上に!! ガルーダ様の側近ッ、それになることができたのよわたし!!」"
"「今は下等種族にこの世界は支配されている!! でもッ、いつか!! ゴミ種族共をわたしたちエルフ族の下に置く!! エルフ族の栄光!! それを取り戻す為に!!」"
悪意に満ちた笑い。
それを響かせ、駆けていったシルフの姿。
その姿を思い出し、メリルは今すぐジークを殺したい衝動にかられる。
しかし、自分には力は無い。
直接、ジークを殺す力。
それは、なにも。
そんなメリルの思い。
それを見透かすように、かかる声。
"「なければわたしに願え。このルーシアに、乞い願え。悪魔に、希え」"
メリルの脳内。
そこに響く、ルーシアの楽しそうな声。
"「ルーシア。どうして」"
"「お前たちの負の感情。迫る闇。それで、力が戻る。ルーシアは、あの頃のルーシアに戻る。勇者に屠られたあの時よりもっと、強く。ルーシアはなっている」"
"「貴女に願ったら」"
"「力をやる。分けてやる。悪魔の力。それを分ける」"
唇を噛み締め、瞳から光を無くすメリル。
遠ざかる、ジークの背。
それを見据え、メリルはルーシアの言葉に頷こうとした。
だが、その肩に載せられる手。
それにメリルは、正気を取り戻す。
そして、響く声。
「メリル、気を確かに持て。ジークは必ず、俺と聖女様が討つ。聖女様のお力ーー【神々の7つの裁き】。そして、俺の【剣聖剣技】を使えばな」
クリス。
かつて、剣聖よりその剣技を教えられし者。
その剣技はガルーダのソレとは比べ物にならぬ程のもの。
勇者にも仲間に誘われた。
しかし、聖女無き大聖堂を守る為、それを固辞した逸材。
それがクリスだった。
「クリス、様」
メリルの追い詰められた表情。
それに頷き、「聖女様の元へ。いつここにも、奴等がやってくるやもしれぬ」と声を発し、窓の外から響く狂笑に拳を固めるクリス。
幸い、ジーク以外の者はこの大聖堂の中には侵入してきてはいない。
恐らく、ジーク以外にも指揮をとる存在が居るのだろう。
「はい、クリス様。そのように」
クリスの言葉。
それに頷き、マリアの元へと向かうメリル。
その姿。
それを見送り、クリスはジークの姿を追う。
腰にささった剣の柄。
それを握りしめ、「ジーク。お前はこの俺が必ず」そう覚悟に満ちた表情で呟いて。
〜〜〜
大きな扉。
その先から感じる、マリアの気配。
それに、ジークの闇は更にその濃さを増す。
この扉の向こう。
そこに、マリアがーー
そして、ジークがその扉に手を触れようとした瞬間。
「ジーク」
そんな声が響き、ジークは振り返る。
果たしてそのジークの視線の先。
そこには立っていた。
剣の刃先。
それをこちらに向け、覚悟に満ちた表情をたたえるクリスがたった一人で。
「その扉の先。そこに行きたくば、この俺を」
「収納する。お前との距離を」
クリスの声。
それが響き終わる前に、ジークはクリスの眼前に現れる。
そして拳を振り上げ、無言でその天賦の拳を向けられた剣に叩き込んだのであった。
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