阻む物④
取り出す者。
更に響いたその言葉。
それに、メイリンは更にその頬を赤く染める。
砕かれた拳。その痛みさえ凌駕し、ジークに恍惚とした眼差しを向けた。
「いいよ、いい。最高だよっ、君」
「もっと、もっと。わたしを壊して、その力でわたしを壊して。この私を、壊してよ」
メイリンの絡みつくような眼差し。
そこには、宿っていた。
獲物を見定めた蛇のような執着。それが確かに。
しかし、ジークには無い。
メイリンに対する感情等、殺意以外にはなにも。
「物」
吐き捨て、メイリンの腕を捻り切るジーク。
しかし、メイリンは嗤う。
流れ落ちる己の血。
それを快感に変換して。
「いいよっ、いい。化け物じみた君の力。最高だよ」
大きく後ろに跳躍し、息を切らし痛みさえも感じぬ程にジークに興奮するメイリン。
「もっと。もっと。その力でわたしを壊して。めちゃくちゃにして。わたしが君の故郷にやったみたいにさ。知ってる? 人間って、丈夫そうに見えて案外脆いんだよ。まっ、あんな田舎臭い村じゃ、弱者しか居ないから仕方のないことだとは思うけど」
「収納する」
「あは。あははは。何を収納するの?」
ジークの言葉。
それにふらふらと左右に身を揺らし、メイリンは狂気に満ちた笑みを晒す。
「君になら、わたし。殺されちゃってもいいかな? 勇者を一目見た時、少しだけ殺されたいって思ったんだ。でも、君にこうやって痛ぶられている内にね。思っちゃったんだ。なにをって? それはね」
残った左手。
それで顔を抑え、身震いするメイリン。
そして、ゆっくりと手を離し続けた。
「わたしは君に殺されたいって」
見開かれる、メイリンの両目。
赤々と光を宿す、拳聖の眼差し。
理性を無くし、メイリンは生まれてはじめて己の本能を露わにする。
「殺せ、わたしを。殺せ、殺せ。殺せ」
天賦の肉体。
神から授かりしその肉体は、あらゆる不可能を可能にする。
無意識の内に制御されていたその肉体。
それは今、全ての制御を失い暴走する。
ジークへの希死観念。それが引き金なって。
一歩、前に踏み出されたメイリンの足。
刹那。
空間が軋む。
【収納物】という名の空間でなければ、街ひとつが崩壊するメイリンの一歩。
真紅のオーラ。
それを纏い、メイリンは更に願望を露わにする。
「殺せ。殺せ。殺せ」
笑い。
メイリンはジークへと駆け出す。
およそ、人の目では捉えられない速さ。それをもって、本能のままに狂笑を響かせながら。
だが、ジークは動じない。
「収納する。お前の願望を」
瞬間。
メイリンのジークに対する希死観念が消滅。
代わりにメイリンの心に芽生えるのは、【ジークに対する避死観念】。
そしてそれは、当たり前の生物としての思いだった。
「殺されたくない。わたしは、君に?」
突如として芽生えた、感情。
それに戸惑い、勢いを無くすメイリン。
「殺されたくない? 死にたくない? た、助けて誰か」
譫言のように呟き、メイリンは後退りを始める。
殺したい。殺されたい。
そんな思いしか持たなかったメイリンにとって、それは初めての恐怖。
「怖い。こわい。なに、これ。なにこれ。なにこれ」
こちらに近づく、ジーク。
その殺意に、メイリンは生まれて初めて死を畏れる。
死にたくない。殺されたくない。
そんな思いに支配され、頭を抱え蹲るメイリン。
そしてその身を震わせ、「殺さないでわたしを。わ、わたしは死にたくない」と呟きーー
頭をあげる、メイリン。
刹那。
メイリンは見た。
ジークの闇に埋もれた双眸。それがこちらを見下ろす様。それを、鮮明に。
そして。
「死ね、物」
そんな無機質な言葉と共に、死に怯えるメイリンはジークによりその命を狩り取られる。
手のひらをかざされ、「収納する。お前の命を」という言葉と共に。一切の容赦も躊躇いもなく、いとも簡単に。