武闘家②
「隊長ッ、火矢の準備!! 及びッ、火球魔法の準備!! 整いました!!」
「よしッ、合図と共に一斉に放て!! ロッカス様には申し訳ないがこれは王命!! 遠慮はいらぬ!!」
響く、隊長の威勢に満ちた声。
それに兵たちは益々その勢いを増していく。
元より、ロッカスには様々な疑いの目がかけられていた。
しかし各国につながる人脈。そして、築き上げた財。
それにより、兵たちは皆、見て見ぬフリをせざるを得なかった。
だが、此度の王命により大義名分を得た兵たちに迷いはない。そして、ロッカスの屋敷へと攻撃を加えることに躊躇いを持つ者等誰一人として存在していなかった。
次々と灯る、火或いは火球。
ある者は火矢を、ある者は手のひらを。
それぞれ屋敷に向け、すぐにでも火を放つ覚悟を決めている。
しかし、その威勢という名の猛りの焔。
それは、途方もない地響きにより蹴散らされてしまう。
「あ、あれはなんだ?」
「……っ」
突如として屋敷を包む、闇。
そしてその闇の唸りの中、彼等は見た。
金色に輝く、双眸。
大気を震わせる、狼の遠吠え。
「た、隊長。あ、アレは一体」
息を飲み、後退りを始める兵士たち。
聳える、巨大な山。
否、それは空を覆う巨躯。
その姿。
それに、隊長は見覚えがあった。
「フェンリル」
漆黒に彩られた体毛。
かつて世界を捕食せし、天狼の幻影。
ガルベスがかつて、王城の図書館で見た書物の中。
そこに描かれた神代の獣。
「た、隊長」
「ご、ご命令を」
茫然自失のガルベス。
その姿に、兵士たちもまた先程までの勢いを消失してしまう。
中には膝をつき、涙を流す者も居た。
その餌を見下ろし、フェンリルは大きく口を開く。
そして。
ジークの言葉を待たず、フェンリルは彼等を捕食する。
兵士たちが存在する空間。
それごと、フェンリルは喰らう。
たったの一口で。そこに、虚無という名の現実を置き去りにして。
空間を咀嚼し、飲み込むフェンリル。
残されたのは、噛みちぎられたような闇の空間のみ。
「に、逃げろぉ!!」
「あ、あんな化け物ッ、勇者様でも太刀打ちできない!!」
「終わりだッ、なにもかも!!」
残った兵士たち。
皆、自暴自棄になりその場から忌避を図る。
その姿を見つめ、ジークはフェンリルへと命じた。
「戻れ、フェンリル」
と。
ジークの言葉。
それに従い、闇へとその身を同化していくフェンリル。
その様を、見つめるレオナの眼差し。
そこには仄かに宿っていた。
「こわい。ジーク、さま。こわい」
畏怖の念。
壊れたレオナが抱くことのない、その感情。
それが確かに、宿っていた。
〜〜〜
夜。
拳聖の治める、街。
そしてそこにあるゴウメイの道場。
その殺風景な石畳の空間。
そこに、声が響く。
「くそっ、あの野郎なにをしてやがる」
来るはずの、ロッカス。
その姿を探し、ゴウメイは舌打ちを鳴らす。
「せっかく宴に招待してやったってのによぉ。俺の顔に泥を塗ったらゆるさねぇぞ」
拳を鳴らし、怒りを押し殺すゴウメイ。
そしてそのゴウメイの足元には、弄ばれ虫の息になった少年少女たちが放置されている。
顔は痣だらけ。手足はあらぬ方向に折れ曲がり、涙さえ流せない程にその目は虚。
「ちッ。むしゃくしゃしてきた。もう一発やるか」
吐き捨て、ゴウメイは生気を無くし横たわっていた一人の少女の頭を掴み持ち上げる。
刹那。
「おとう、さん。おかあ……さん。かえり、たい。おうちに、かえり、たい」
少女はそう声を漏らし、枯れたはずの涙をぽたぽたと石畳へと滴り落としていく。
それに、ゴウメイは拳を振り上げる。
「帰りたい? 俺に買われた玩具の分際でなにほざいてやがる。てめぇは死ぬまで俺の玩具だ。こんなーー」
ベキッ
「風にな」
少女の顔面に叩き込まれた、ゴウメイの拳。
嗚咽を漏らし痛みにその身を痙攣させ、「ぃ……ぐっ」と漏らし、失禁する少女。
「汚ねぇな。この玩具」
呟き、ゴミのように少女を投げ捨てたゴウメイ。
固い石の壁。
そこに激突し、少女は項垂れるようにその場にぐったりと沈む。
その様を見つめ、ゴウメイは声を発する。
「もういらねぇわ、お前。ってなわけで、処分すっか」
軽い調子で、軽い足取りで。
ゴウメイは少女の元へと近づいていく。
そして、少女の元に辿り着くゴウメイ。
同時に。
「死ね、ゴミ」
と足を振り下ろそうとした、瞬間。
「死ぬのはてめぇだ、ゴウメイ」
殺気に満ちた声。
それが響きーー
「収納する。てめぇの足を」という声と共に、ゴウメイの振り上げられた右足は完全に消滅したのであった。