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とある敗北者の話②

 メサイアが死んでから一年。

 彼女を打ち負かしたバロッサは、着々とその名を上げていた。


 バロッサが魔物を戦う勇姿を見ていたある村人は、こう語る。


「召喚した神獣の背に乗り、己に常時回復魔法をかけ続け、雷鳴を轟かせ、敵を焼き尽くしながら大剣を振るうその姿は、まさしく神であった」


 その噂はやがて伝説となり、村から村へ語り継がれていく。


 しかし本当に驚くべきことは、伝説の内容なんかではない。それが伝説でもなければ噂でもない、紛うことなき真実であることだ。


 プラチナの騎士――ギルドの肩書きではそうなっているが、その実は騎士でありながら召喚術士でもあり、ヒーラーでもあり、魔術師でもあった。


 誰もがバロッサを最強と認める中、ヤマトは――依然として、ギルドでその実力を発揮し続けていた。


 メサイアの死後、ヤマトは誰ともパーティーを組むことはなく、それでいて連日のようにプラチナ・ゴールドランクのクエストを受注し続けていた。


 バロッサの実力は本物だ。悔しいが、そこは認めざるを得ない。故に彼が目の上のたんこぶとして存在している以上、ヤマトは才能で皆に認められることはない。


 才能が認められないなら、努力で認められよう。

 そんな思いから、ヤマトは来る日も来る日もクエストを受け続けた。


 向こう見ずながら、ひたすらに戦い続けるヤマトを、それまでバロッサのみに心酔していたギルドメンバーも徐々に認め始める。


「おい、聞いたか? ヤマトの奴、今日もプラチナランクのクエストに行ったらしいぞ?」

「マジかよ? あいつ昨日もプラチナのクエスト達成していたよな? 一昨日なんて、ゴールド二つ……」

「そのくせ受け取った報酬の大半は、貧しい村々に寄付しているんだろ? ったく、どんだけ格好いい男なんだよ」

「バロッサが最強の男なら、間違いなくヤマトは最高の男だよな? ……因みにお前、昨日は何してたよ?」

「一昨日久し振りにゴールドのクエストを完遂して、懐が暖まったからちょっと酒場に」

「昼間から飲んだくれかよ? 少しはヤマトを見習えよな」


 最高の男にして、二番目に強い男。

 ヤマトはいつしかそんな二つ名で呼ばれるようになった。……当然それを良く思わない者もいるのだが。


 ある日、ヤマトがいつものようにクエストボードを眺めていると、バロッサが横に話しかけてきた。


「やぁ、ヤマト。久し振りだな」

「……」


 ヤマトはバロッサに挨拶を返さず、クエストボードに目を向け続けている。


「一年前の件、まだ怒っているのか? 君の奥さんを殺してしまったことは申し訳なかったと思っているけど、あれは本当に過失だったんだ。絶対に死ぬことがないよう、加減したつもりだったのに……」


 バロッサとメサイアの戦いを見ていた者は、誰一人としていない。ヤマトでさえも、メサイアの最期を看取ることが出来なかった。

 つまりバロッサはメサイアの死因を、どうとでも誤魔化せるわけで。


 口では「過失だった」と言い張っているが、実際には明確な殺意があったのだと、ヤマトは確信していた。


 それまで黙り込んでいたヤマトだったが、一年ぶりにバロッサに向かって声を発する。


「……怒っているわけじゃない。恨んでいるんだ、憎んでいるんだ。殺したいほどにな。……夜道には気を付けろ。いつ背後から貫かれるか、知らないぞ?」

「まさか面と向かって殺害予告をされるとは、思ってもいなかったよ」


 言いながら、バロッサは肩をすくめた。


「それで、何の用だ? まさか俺に殺されに来たわけじゃないんだろう?」


 目欲しいクエストがあったのか、ヤマトはクエストボードに手を伸ばす。


「当然。……と言いたいところだけど、そのまさかなのさ」

「何?」


 ヤマトはクエストボードに伸ばしていた手を止めた。そして驚いたように、バロッサに顔を向ける。


「今、俺に殺されに来たと言ったか?」

「あぁ、言った。だがみすみす殺されに来たわけじゃない。結果によっては、そうなることもあり得るって話だ。……だから柄を握っているその手を離しなよ」


 その行動は、ほとんど無意識下だったのだろう。

 ヤマトは一瞬目を見開いた後で、刀の柄から手を離した。


「結果によってはお前が殺されることもあると言ったな? それはどういうことだ? 具体的に説明しろ」

「説明も何も、一年前と一緒さ。俺は世界最強なんて大層な肩書きで呼ばれているし、君も今や二番目に強い男だ。でも、俺たちは実際に剣を交えたわけじゃない。つまり世界最強だの二番目に強いだのという順位付けは、第三者が客観的に見た憶測に過ぎないんだよ」


「だから大勢の観客の前で、一対一で決闘し、本当の世界最強を決めよう」。バロッサはそう提案しているのだ。


「……」


 ヤマトはバロッサの提案を受け、暫く無言で考える。

 やがて口を開いたかと思うと、ギルドの奥を親指で差しながら言った。


「場所を変えよう」


 普段なら誰も近づくことのない、ギルドの隅に移動するヤマトとバロッサ。

 しかしたとえ人気のないところでも、『白銀の女騎士』のツートップが会話をしていれば、目立つのは必至だった。


「何話しているのか、ちょっと盗み聞きしてこようぜ」と、野次馬精神を働かせるシルバーランク以下の構成員たちを、ヤマトは睨みで追い払う。

 誰も近寄らなくなったところで、バロッサはヤマトに尋ねた。


「こんな所に移動させて、俺を襲うつもりかい?」


 ヤマトは刀の刃を鞘から少しだけ覗かせながら、ニヤリと笑う。


「それも良いな。でも、折角お前の方から復讐の機会を持ってきてくれたんだ。無駄にはしないさ」


 ヤマトは刃を鞘に収める。


「下手な猿芝居は良い。俺と決闘をする口実もいらない。……ここなら誰も聞いていない。本音を語れ」


 猿芝居だと言われたバロッサは、「参ったな」と頭を掻いた。


「本音を語れだなんて……メサイアと同じことを言うじゃねーか」


 表情や仕草は誰もが憧れる優しいバロッサのままで、口調だけ変える。


「汚い言葉遣いだ。綺麗に磨かれた装備とは、大違いだな。……メサイアの次は、俺が邪魔になったか?」

「あぁ。メサイアを殺して、ようやくクソみたいな思想が衰退していったと思ったら、今度はお前だ。何が最高の男だ。何が二番目に強い男だ。関係ねぇ。俺にとっては目障りな邪魔者でしかないんだよ」


 ヤマト同様、バロッサの瞳にも確かな憎悪と殺意が宿っていた。


「邪魔者、か。それはお互い様だろう? 俺も最高の男だとか、二番目に強い男だとか、そんな肩書きに興味はない。俺が欲しいのは一つ――世界最強の肩書きだけだ」


 なぜならそれが、ヤマトがメサイアと交わした約束だったから。


「決闘の日時は?」

「一週間後の正午。場所の手配は、俺がやっておいてやる」


 バロッサはヤマトの横を通り過ぎていく。立ち去る前に、もう一言。


「前日にクエストに行くとか、バカなこと考えるなよ? そんなことしたらほんの数秒で、ぶっ殺されちまうぜ?」

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