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とある敗北者の話

 今から遡ること、三年前。


 王都に唯一存在するそのギルドには、まだ名前が付けられていなかった。

 というのも、この王国にクエストやギルドという概念を取り入れたのはその場所が初めてであり。「ギルド」という単語そのものが、その場所そのものを表わしていた為、具体的な名前など必要なかったのだ。


 しかしギルドの有益性が急速に広まり、ギルドの数が増えていくにつれて、固有の名前の重要性が増していき。

 とうとうそのギルドにも、王国から名前を付けるよう要請がきた。


「……さて、どうするか?」


 ギルドの運営委員会は、頭を悩ませた。

 ここは王国最大にして、王都唯一のギルド。下手な名前を付ければ、周囲に示しが付かない。


 そんなとき白羽の矢が立てられたのが、当時最強と謳われていた女騎士の存在だった。


 光の剣、クラウ・ソラスを振るい、多くの善と悪を救済してきた白髪の女騎士。

 彼女の名はメサイア。その愛称は、『白銀の女神』だった。


 メサイアは仲間たちに、「愛の素晴らしさ」について説いていた。


 人は誰かの為に戦うときにこそ、その真価は発揮される。誰かを思うその心は、欲望をも亡き者とする。

 その思想に導かれ、やがてメサイアの周りには、どんどん人が集まっていた。


 ギルドはメサイアに敬意を表し、ギルドの名称を『白銀の女騎士』とした。


 やがてメサイアにも、本当の意味で愛を知る季節が訪れる。それは彼女が、ある大型モンスターの討伐に一人で赴いたときのことだった。


 彼女は出会ったのだ。暴れ狂う巨大なモンスターを軽くあしらいながら、白刃を振るう一人の男と。


 男はモンスターの首を取ると、誰に気付かれることなく、その場を去って行く。

 男の存在に気が付いたただ一人気が付いた老人が、お礼を押し付けようとするも、彼は頑として受け取ろうとしなかった。


 男はどこのギルドにも属さず、それでいて無償で困窮している人々を救っていたのだ。


 貰えるものなら貰っておこうと思うのが、人間の心理であり、少なくとも男はそれに見合う働きをしたはずだ。

 日頃メサイアの周りにいる人間たちなら、間違いなくそう考える。


 謝礼を頑なに拒む男に不信感を抱いたメサイアは、溜まらず男の前に飛び出す。


「どうしてお礼を受け取らないの? 労働の対価くらい受け取ったって、誰も文句言わないんじゃない?」


 メサイアが尋ねると、男はさも自分が当然であるかのように、こう答えた。


「生きていくのに必要最低限の金を、俺は持っている。だというのにそれすらも持っていない奴らから貪り取るなんて、出来るわけないだろ?」


 男は続けた。


「俺は親に捨てられて以来、ずっと一人で生きてきた。誰にも頼らず、誰にも助けを求めず、独りでに生きてきた。ギルドが助けるのは、報酬を支払うことの出来る奴らだけだ。ならギルドに所属していない俺は、それ以外の人間たちを救いたい」


 男の行動理念は、誰かを思うこと。即ち愛だった。


 初めての邂逅はそんな単調な会話で終わり。数週間後、二人は初めて会った時と同じようなクエストで、再会を果たす。


「あっ……」


 男の理念や信念を聞いたとき以来、彼の存在が忘れられなかった。

 他のクエストを受けているときも、仲間や友人と談笑しているときも、一人でいる時間さえも。常に男は、メサイアの頭の片隅に存在し続けていた。


「あなたの名前を聞いても良いかしら?」


 メサイアは思いきって、男に尋ねた。


「ヤマト。流浪人だ」

「そう。……私はメサイア。よろしくね」


 それからというもの、メサイアは高難易度クエストを受ける度に、ヤマトの姿を探していた。メサイアはいつの間にか、ヤマトに特別な感情を抱いてしまったのだ。


 昨日はいなかった。今日は会うことが出来た。明日は会えるだろうか?


 毎日のように高難易度クエストを受けては、毎日のようにヤマトを探している。そして偶然会えた日は、とても幸せな気持ちになれた。


 そんなメサイアを見て、ギルドのメンバーは不思議がっていたそうだ。


「休むことなくクエストをこなしているというのに、メサイアは以前よりも元気そうだ」、と。


 メサイアの恋心は、ヤマトに会う度にどんどん大きくなっていく。そしてヤマトもまた、何度もメサイアを接している内に、徐々に彼女の人柄に惹かれていった。


 やがて二人は恋人同士になった。


 二人はギルドに依頼料の値下げを提案し、より多くの人たちが助けを請うことの出来るシステム作りに取り組んだ。


「ギルドとは金儲けの場所でもなければ、武功を上げる場所でもない。人々を救う場所である」


 メサイアは王国中のギルドに足を運び、そう諭し続けた。


 ヤマトは権力も表面上の実績もない今のままでは何も変えられないと悟り、ギルドに加入すると、瞬く間にプラチナにまで名を上げたのだった。


 共に暮らし始めたから、半年後。


「メサイア、俺の妻になってくれ」

「はい! 喜んで!」


 二人はとうとう、夫婦になった。


 王都をあげての結婚式は、豪勢に行われ、国中の人々が彼らの新たな門出を祝福した。


 最強夫婦の名はどんどん知れ渡っていき、それと同時に「愛の素晴らしさ」は周知のものへとなっていた。


 自分は本当に幸せ者だ。メサイアは何度そう思ったことか。しかし――


 その幸せは、長く続かなかった。


 ヤマトとメサイアが、夫婦になって一年ほどが経った頃。あと少しで彼らの理想とする世界の礎が完成するという頃。二人の全てを否定する存在が現れたのだ。……バロッサである。


 バロッサはメサイアとは反対に、「個々の力こそ全てである」と提唱した。


 初めこそぽっと出の騎士の話なんぞに誰も耳を傾けなかったが、バロッサの強さをその目で見る内に、「彼の理念も一理ある」と考えるようになってきた。


 バロッサは言う。


「愛が力に変わるなんていうのは、おとぎ話の世界の中だけだ。現実はそう上手くいかないし、上手くいったとしても、それは実力ではなく奇跡だ。奇跡なんだぞ? 次は絶対に助からない」


 バロッサの考えとは、「強者こそが弱者を守るべきであり、それ故強者というのは待遇されなければならない。そして最終的には、裕福な暮らしに憧れた人間は強者を目指すようになり、この世から弱者はいなくなる。それこそが、真の平和である」という、ぶっ飛んだものだった。


 その為に邪魔だったメサイアをひと気のない場所に呼び出し、バロッサは決闘を申し込む。


「メサイアさん。俺はずっとあなたに憧れてきました。あなたがいたから、このギルドに入りました。……最強の座、頂戴します」


 バスターソードを構えるバロッサを、メサイアは鼻で笑う。


「観衆は誰もいないのよ? 演技なんて必要ないじゃない。……本心を口にしなさいよ。私が邪魔だって」

「そうですね。ここには誰もいない……」


 するとバロッサは、誰にも見せたことのない表情になった。


 いつもの優しく温かい笑顔から一変、その表情からは殺意しか伺えない。


「愛だか何だか知らねーが、これ以上つまんねぇ真似してくれてんじゃねーよ。あんたの時代は、もう終わったんだよ!」


 その日メサイアは、全てを失った。

 最強の座も、愛が最強であるという証拠も、自らの命さえも。


 人々の関心がバロッサに移行していく中で、ヤマトはただ一人、彼に背き続けた。


「いつか最強の座を取り返して、バロッサの全てを否定する」


 亡き妻と交わした、ただ一つの約束の為に。

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