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初クエスト

 ギルドを出て、歩くこと小一時間。

 アレキサンドラには、ギルドを出てからの道中、ずっと気になっていることがあった。


「あのー」

「ん? どうしたんだい?」

「これからケルベロスを狩るんですよね? 私の武器や防具は、このままで大丈夫なんでしょうか?」


 このクエストで対峙して退治するのは、三つの頭を持つ魔物、ケルベロス。

 詳しい生態なんかは知らなくても、その名前と大雑把な説明くらいならアレキサンドラも耳にしたことがあった。


 異常なまでの跳躍力と素早い行動を可能とする、強靱な脚。鉄をも噛み砕くとされる、鋭い牙。なまくらでは傷一つ負わせることも出来ない、逆立った剛毛。


 在庫処分のバーゲンセールで購入したような付け焼き刃装備で、真面に戦えるような相手ではなかった。


 しかしそんなアレキサンドラの心配は、不要だったようで。


「平気だよ。アレキサンドラがある程度の実力を付けるまでは、俺たちが君を守りながら戦うからね。当分アレキサンドラは、動けなくなった敵にトドメを差してくれるだけで良いんだ」


 それは何だか、ズルをしているような気分になるんだけど……。


 しかし早急に強くならなければ、パーティーメンバーに迷惑をかけてしまう。アレキサンドラはそう思うことで、自分を納得させた。

 一丁前のことを口にするにも、強さというものが必要なのだから。


 東の森に着いた。


 ここで言う『東の森』というのは、あくまで『白銀の女騎士から見て東側に位置する森』というだけであって、当然別の地点から見たらその方向も変わる。

 故に東の森という呼称は王都周辺にのみ通じる呼び名であって、正式には『暗黒の森』といった。


「暗黒の森……その名前の通り、太陽の光さえ差し込んできません」


 高くそびえている木々には、これでもかというくらい葉が生い茂っている。まだ昼間だというのに、辺りは真っ暗だ。

 そのせいか足下に生えている植物も、耐陰性のものばかりである。


 バロッサは適当な枝を拾い、その先端に魔術師に火を付けさせる。


「松明なんて、それこそこちらの存在を知らしめるだけじゃないんですか?」

「普通の森だったらね。でもここは日夜暗闇に包まれている、暗黒の森。ケルベロスにしろ、他の魔物にしろ、こんな場所で生活しているわけだから、暗くても目が利くんだよ。つまり、明かりがあろうとなかろうと関係ない」


 言い終えたところで。

 ピタッと、突然バロッサの動きが止まる。


 バロッサだけではない。他の二人も、立ち止まっている。


「……二人とも、気付いているな?」

「えぇ」

「……勿論?」


 現状、何が起ころうとしているのかに気付いていないのは、アレキサンドラだけだった。


「え? 一体何が……?」


 一人わけもわからず、アレキサンドラは足を動かした。その瞬間――彼女の背後から、小型サイズのオオカミが襲いかかってきた。


「――え?」


 ケルベロスではないにせよ、小型サイズにせよ。その鋭い牙で噛み付かれたら、アレキサンドラの鎧は紙同然に食いちぎられてしまうだろう。そしてその鎧に身を包んでいる、アレキサンドラの体も……。


 しかしそうなる前に、バロッサの鉄拳がオオカミを吹き飛ばした。


「キャイーン」という声を上げながら、数メートル先まで飛ばされるオオカミ。暗いせいで、正確な距離が目測できない。


 その後その個体が、一行の前に現れることはなかったという。


「……」


 ドサッ。

 気付かないうちに狙われていた恐怖と、あのまま行けば自分は死んでいたという事実から、アレキサンドラはその場に崩れてしまう。


 バロッサはそんな彼女と目線を合わせて、ニッコリと笑顔を向けた。


「大丈夫だって、さっきも言ったろ? 俺たちが絶対守るって」


 バロッサは立ち上がると、背負っている愛用の大剣、バスターソードを抜く。

 身の丈ほどあるその巨大な剣を、彼は軽々しく片手で振るった。


 その衝撃は、バロッサが使った力には到底準じたものではなくて。

 轟音と共に木々は倒れ、土煙は上がり。その結果差し込んだ日光が照らしたのは、数匹のオオカミの死体だった。


 既に何匹ものオオカミを倒してというのに、バロッサの集中力が途切れることはない。


「後ろに二匹」

「……わかってる」


 バロッサたちの背後から強襲してきた二匹オオカミを、魔術師が炎で包み込む。


「……」


 その一部始終を、アレキサンドラは唖然として傍観していることしか出来なかった。


「これが……プラチナの騎士」


 自分は一太刀も浴びせることなく殺されかけたというのに、バロッサはそのオオカミを、たった一振りで何匹も倒した。


「そうよ。これがプラチナの力」


 アレキサンドラ同様、戦闘に参加していなかったヒーラーが、膝を突いているアレキサンドラに手を差し伸べる。

 アレキサンドラは彼女の手を掴み、立ち上がった。


「バロッサは一撃で、町一つを破壊すると言われているの。まったく、あんなのがいるお陰で、私たちゴールドがプラチナに昇級出来る機会が、遠のく一方なのよ」


 悪態をつきながらも、その表情はどこか穏やかで。何だかんだ言っても、最強と謳われるパーティーメンバーを誇らしく思っているようだ。


 アレキサンドラは、膝頭に付着した土を払う。


 今目の前にしたのがプラチナの力であるならば、自分が将来こんな風になれるとは到底思えなかった。


 一方バロッサはというと、オオカミの死体の前でしゃがみ込んで、何やら神妙な顔つきをしている。


 オオカミの傷口から流れ出てくる血液に触れると、徐ろにその匂いを嗅いだ。


「かなりキツい匂いだな。普段何を食べているんだ? ……俺たち人間でもそう思うってことは、奴ならもっとそう思うよね?」

「……当然。準備なら出来ている」


 敵はもう近くにいないというのに、緊張を解くどころか一層増しているパーティーメンバーに、アレキサンドラは疑問を抱く。


「えーと……オオカミはもう、全部倒したんですよね?」

「あぁ、倒したよ。オオカミは、ね」


 その言い方はまるで、「オオカミ以外に倒すべき敵がいる」と言っているようだった。そしてその敵とは……アレキサンドラが思いつく限り、一頭しかいなかった。


「まさか……」

「そのまさか、だよ」


 バロッサは立ち上がり、バスターソードを構える。他の二人も、各々臨戦態勢を取っていた。

 アレキサンドラも彼らに習って、剣を抜いておいた。


「アレキサンドラ。後学のため、一つ覚えておくと良い。洞窟や深い森みたいな、日の光が届かないくらい真っ暗な場所で、視界がろくに利かない場合、頼りすべきなのは――聴覚だ」


 バロッサは目を瞑る。そして、


「前!」


 叫ぶと同時に、バロッサの目の前から突進してくるケルベロス。

 先程のオオカミなんかとは比べものにならないくらい巨大で鋭利な牙を、バロッサはバスターソードで防いだ。


 バロッサはもう片方の手で持っている松明で、ケルベロスを照らす。そこには――伝承通り、いや、聞いていた以上に大きく、黒い体毛に覆われた三つ首の魔物の姿があった。


「あっ……あっ……」


 さっきのオオカミが可愛らしく思えてくるそのおぞましい姿に、アレキサンドラの足はすくむ。


 今度こそはと息を巻いていたけれど、やっぱり無理だった。しかしバロッサをはじめとするパーティーメンバーは、そんな彼女を責め立てはしない。


 バロッサはバスターソードでケルベロスの動きを封じ込めながら、


「この力強さといい、獰猛さといい、本当にゴールドランクのクエストなのかい? プラチナだって言われても、驚かないよ。というか、これで報酬が16万Gって、絶対安すぎるよ」


「ねっ!」。バロッサはケルベロスを押し返す。

 後退こそしたものの、ケルベロスに逃げ出す素振りはなかった。


 それどころかバロッサに殺意を向けているケルベロス。


「……倒せるのか?」


 魔術師はバロッサに問うた。


「誰にものを言っているんだい? この白金の駒にかけて、必ず仕留めるよ」 


 バロッサは自身がプラチナランクである印に触れながら、宣言した。


「しかしこの森は奴のホームグラウンド。おまけにこの視界の悪さときた。流石に分が悪いな」


 先程のバロッサの一撃で多少日の光が差し込むようになったが、所詮「多少」である。


「……作戦は?」

「そうだねぇ……」


 バロッサがあごに手を当てた瞬間、それまで優しかった彼の笑みは一転し、不敵なものへと変わった。


「ここは一先ず、退却かな?」


 そう言うと、バロッサたちは高くそびえる木の上まで跳躍し、一時避難した。


 ――アレキサンドラのみを残して。


「……え? え!?」


 何が起こったのかがわかっていないアレキサンドラ。

 辺りをキョロキョロ見回すが、バロッサたちの姿はなくなっていた。

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