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2度目の敗北と、再出発

 心というものは実に厄介なもので。

 体よりもずっと傷付きやすく、いざ傷が付いた時、治りが非常に遅い。


 ならば心なんてなくなれば良いじゃないか。しかしいかんせん、そういうわけにもいかず。


 心がなければ、誰かの為に何かをしたいと思うことも、誰かの支えになりたいと思うことも……誰かを愛することも出来ないのだ。


「ホント、難儀なものよね」


 ツバキは「心」について、そう語った。


「心というのはいつも物事を成す糧になっていて、それと同時に枷にもなっている。人と人との繋がりも同じ。そのせいで、人は行動を制限されるのよ」


 ツバキの見解に、アレキサンドラは「ですね」と同意した。


「でもその枷を……いえ、鎖を断ち切ってはいけません。繋がりを断てば……バロッサのようになってしまいます」


 アレキサンドラは思う。

 ヤマトとバロッサは、きっと対極的な存在なのだ。


 正反対の思考。正反対の信念。

 バロッサが先の決闘を終えて、優越感に浸っているのならば……ヤマトはどう感じている?


「ヤマトさん……大丈夫ですかね?」


 自宅に戻るなり自室にこもってしまったヤマト。彼の部屋に目を向けながら、アレキサンドラは心配そうに呟いた。


 あの決闘が終わり、ヤマトたち三人は帰路に立つ。

 自宅までの道中、ヤマトは終始俯いていた。


 悔しさや憎悪がある反面、アレキサンドラを守れたことへの安心感も胸に巣食っている。

 だからこそ、「果たして自分の行動は正しかったのか?」と自問自答せずにはいられないのだ。


 死を選ばなかったヤマトには、結局の答えはわからずじまいだった。


 顔を上げられない。上げられるわけがない。

 こんな惨めな姿、アレキサンドラにもツバキにも……メサイアにも見せられない。


 家に帰ってからも、それは変わらないことで。

 ヤマトが発した言葉は、素っ気ない「ただいま」だけだった。


 鎧を脱ぎ、シャワーを浴びて軽く汗を洗い流した後、アレキサンドラはメリアに声を掛けられる。


「アレキサンドラ。あと、ツバキさんも。ちょっと手伝ってもらえるかしら?」

「はい……それは構いませんけど」


 メリアが食卓に食器を並べている間に、アレキサンドラは彼女から頼まれたあることを遂行する。

 そして終わった後は、


「ヤマトさん」


 これまたメリアに頼まれ、ヤマトの部屋の前に来ていた。


 トントン、と。二度ほど戸を叩く。ヤマトからの返事はない。


「ヤマトさん。メリアさんが、夕食だって……」

「……」


 やはりヤマトは何の反応を示さなかった。


「あの……。メリアさんが、「お義兄さんが席に着くまで、いただきますはしない。あーあ、早くしないと折角の料理が冷めちゃうなー」と言っているんですが……」


 ヤマトはメリアに嘘をつき続けているが、メリアは彼に嘘をついたことなどない。

 ヤマトが来るまで食べないと言ったら、何日でも絶食し続ける。信念を曲げないところは、姉譲りなのだ。


 そのことを理解しているヤマトは、やがて諦めて部屋のドアを開く。


 アレキサンドラの前に現れたのは、着替えていない、血だらけの和服のままのヤマト。

 僅かに垣間見えた部屋の中は、彼の心を具現化したかのように散らかっていた。


「ヤマトさん……」

「アレク……早く行こうか」


 アレキサンドラには心配かけまいと、ヤマトは微笑む。その笑みを見て、アレキサンドラの心はチクリと疼いた。


 食卓に向かうヤマトとアレキサンドラ。

 今夜はツバキも交えた晩餐会。しかし食卓に備え付けられている椅子は四つのみ。故に椅子を使わない、立食パーティーと化していた。

 そして今夜のメニューは……


「ピザ……か」


 8ピースに分かれたピザが二枚。出来立てホヤホヤの状態で、卓上に並べられていた。


「何ですか、お義兄さん。文句ありますか?」

「いや、文句はない。ただ……本当にピザにしてくれたんだな、と」

「朝言いましたよね? とびきり美味しいピザを用意するって」

「……だったな」


 ヤマトは誰よりも先に、ピザを1ピース手に取った。


 理由は言わずもがなであるが、ピザはヤマトの好物だと、アレキサンドラはメリアから聞いていた。

 だからピザを食べれば、少しは元気を取り戻すのではないか。そんな期待をしていた。


 ピザを一口食べたヤマトは、「ん?」と訝しむ。

「美味しい」とは、言わなかった。


 何か信じられないことでもあったのか、ヤマトは続けざまにもう一口。……やはりどこか違和感があるようで。


「メリア」


 ヤマトはピザを作った張本人に尋ねる。


「このピザ、いつもと違くないか?」


 ヤマトの大好きだったピザ。メサイアが唯一メリアに作り方を教えたピザ。しかし今食べている「これ」は、彼のよく知るピザとは似ても似つかない味だった。


「料理が得意なお前にしては、珍しいこともあるものだな。猿も木から落ちるというやつか?」

「別に失敗したわけじゃありませんよ。……もしかして、美味しくないですか?」

「自分で確かめてみたら良い」


 ヤマトに言われて、メリアはピザを一口かじる。


「……普通に美味しいじゃないですか」

「誰も不味いだなんて、言っていないだろ?」


「もうっ」と、ヤケになりながら残りを食べ切るメリア。


「美味しいなら、別に良いじゃありませんか」

「まぁ、それはそうなんだが……」


 二切れ目に手を出し始めながらも、ヤマトはどこか浮かない表情を見せる。

 そんな彼に、メリアは当たり前の事実を告げた。


「だって私は、姉様じゃないですもの」


 メリアとメサイアは姉妹ではあっても、別人である。

 ヤマトは知らず識らずのうちにメリアの中にメサイアを感じ取っており、その最たる例がピザだったのだ。


「このピザは、メリアのオリジナルというわけか?」

「うーん……それもちょっと違いましてね」


 唇に人差し指を添え、「んー」と唸るメリア。


「生地を作ったのは私ですけど、具材を選んだり切ったりしたのは皆さんです。だからこのピザは、皆のオリジナルです」


 メリアがアレキサンドラとツバキにしたお願い――それはビロッドと一緒に、ピザのトッピングをすることだった。


 ヤマトは統一性のない具材の種類や配置を見る。そして顔を上げ、アレキサンドラをはじめとする四人の姿を。


(アレク、ツバキ、メリア、ビロッド……)


 ここにはもうメサイアはおらず、代わりにいるのは新たな仲間や家族だ。

 慣れないピザを味わう度に、ヤマトは止まっていた時間が動き出しているように思えた。


(残された側の気持ちなんて、俺が一番わかっているはずなのにな)


 あの時一瞬でも死のうとしたことを、今更ながら愚行だと思う。


「……ったく、そのピザ、大事なものが抜けているんじゃないのか?」


 今度作る時は同じ轍を踏まないよう、自分もトッピングに参加するとしよう。

 世界で二番目に強い男は、世界一の家族に囲まれながら、そう思うのだった。

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