世界で2番目に強い男
王都の名物の一つである、巨大噴水。その周辺の広場は、いつも人々で賑わっていた。
カップルに親子、余生を満喫する老人に職を失った可哀想なお父さん……。彼らにとってここは憩いの場であり、交流の場でもあった。
しかしながら……今に関しては、広場に人は集っていない。
いや、いることはいるのだが、彼らは皆広場の外から眺めているだけで。中央には、たった二人しか立っていなかった。
ヤマトとバロッサ。
何の前触れもなく提案された決闘だというのに、噂が噂を呼び。王都にいる大半の人間が、この広場に集結していた。
「ヤマトさん……大丈夫でしょうか?」
群衆の最前列で、アレキサンドラは心配そうにヤマトを見つめる。
「大丈夫よ」と、ツバキは答えなかった。
「わからない……というのが、正直な感想ね。万全でも勝てるかどうか定かではないのに、手負いの状態で戦うとなると……」
その先を言わなかったのは、アレキサンドラに気を遣ってのことだろう。
当のヤマトはというと、バロッサと対峙しているものの、その顔を天に向けていた。
(メサイア……)
心の中で、愛する者の名前を呟く。
そしてアレキサンドラやツバキには目もくれることなく、バロッサを睨み付けた。
「決闘を受け入れてくれたこと……感謝する」
「感謝しているような面じゃねぇよ、それ。……お前を殺す機会が欲しかったのは俺もそうだし、礼を言われる筋合いもないけど」
フンっと、バロッサは不愉快そうに鼻を鳴らす。
人が近くにいない為、口調は素に戻っていた。
「ん」。バロッサは左手を差し出す。
「……何の真似だ?」
「握手だよ、握手。一年前にも、しただろうが」
「……覚えがないが?」
一年前は互いに挑発を繰り返し、いつの間にか戦闘が始まっていた。どんなに想起しても、握手を交わした覚えがヤマトにはなかった。
「……何を企んでいる?」
嘘となれば、バロッサの計略であることを疑うのが当然の帰結で。
しかしバロッサは、そんなヤマトの疑念を笑い飛ばした。
「俺が卑怯な手を使うとでも? ……バカ言え。正攻法でもお前を殺せる俺が、何でそんなことを?」
「……む」
ヤマトは一年前に喫した大敗を思い出す。……バロッサが過剰な自信を持つのも頷ける。
「それに観衆の面前だ。『憧れのバロッサ様』を演じなきゃならないんでね」
「……」
思うところはありながらも、ヤマトは左手で彼の手を握り返す。
「!」
突如として襲いかかる左手の違和感。でもそれは、体に害を被るものではない。
寧ろその逆。……手を離すと、ヤマトの左手の火傷は完治していたのだ。
「情けでもかけたか?」
「まさか。火傷のせいで、剣が振るえなかった。そんな言い訳して欲しくないんでな」
バロッサはヤマトから離れた左手で、大剣バスターソードを握る。
ヤマトも後方へ飛び、刀の柄に手を掛けた。
「……準備はいいか?」
「……あぁ」
「それは何よりだ、な!」
言い終えると同時にバロッサはバスターソードを振り下ろす。
砕ける大地。捲き上る砂埃。その中でヤマトは……やはりバスターソードの峰の上に立っていた。
「……一年前と同じだな。それは負けルートだぞ?」
「そうでもないさ」
ヤマトは刀を抜くと――バロッサの顔面目掛けて、刀を投げつけた。
刀は侍の命。己の生命が尽きるまで、振るい続けるもの。そう思っていたバロッサは、ヤマトの予想外の行動に反応が遅れる。
「何!?」
咄嗟に避けるも、鋒は頬をかすめて。最強の男の頬から、鮮血が流れ始めた。
ヤマトの奇襲は、それで終わりではない。ここからが本番。
バロッサが傷を気にしている隙にバスターソードから飛び降り、彼の背後に回る。
地面に突き刺さった刀を回収すると、そのまま横一文字に斬りつけた。
「はぁっ!」
ブンっという、空気を裂く音。……バロッサの姿は、もうなかった。
「……テレポートか」
一瞬にしてある地点からある地点まで移動する魔法、テレポート。時空間のことわりを無視したその魔法では、ヤマトの最速の剣技も形無しだ。
少し離れたところに移動したバロッサは、空いている手で己の頬を撫でる。
生温かい感触。付着した液体を、ぺろっと舐める。
口内に鉄の味が広がった。
「血か……。何年振りに流したかな?」
「だが……」。もう一度バロッサが傷口を撫でると、あろうことか、刀傷は綺麗に塞がっていた。
「治癒魔法……」
「いいや。これは『リセット』。起きた事象をなかったことにする魔法だ」
つまりバロッサの体に、傷を負ったという事実はない。
「無敵かよ」
「まさか。でも俺を殺すなら……一撃で仕留めなければ不可能だ」
「……」
理想論を言えば、先ほどの不意打ちで決着をつけるつもりだった。まさか頬に軽傷一つだけとは……。
(だが、万策尽きたわけではない)
ヤマトは懐に手を突っ込んだ。取り出したのは閃光玉。
(一撃で決めるには……隙を突くしかない!)
ヤマトは閃光玉を投げる。
プライドの高いバロッサが、二度もヤマトの攻撃を避けるはずがない。
薙ぎ払うか、或いは両断するか。どちらにせよ、眩い光がバロッサを襲う。
閃光玉を投げつけられたバロッサは――薙ぎ払いも両断したりもしない。第三の選択肢に打って出た。
パクり。……ゴクン。
バロッサは閃光玉を飲み込んだ。
「なっ!?」
閃光玉は、今頃バロッサの胃の中。これでは発光もしないし、隙も生じない。
「……で、次は?」
余裕綽々と、何食わぬ顔のバロッサ。
「……っ」
ヤマトは思わず、顔をしかめた。
ヤマトに後がなくなったことを、その表情から悟ったのだろう。最前列で戦いを見ていたアレキサンドラが、彼に駆け寄ろうとする。
「待ちなさい!」
そんなアレキサンドラを、ツバキが止めた。
「ツバキさん……でも……」
「今あなたが駆け寄ったところで、彼の助けにはならない」
戦力という意味だけでなく、ヤマトの意地や面子という意味でも。
「ヤマトさん……」
アレキサンドラには、彼の身を案じることしか出来なかった。