世界最強の男
ギルド加入の登録もつつがなく完了したアレキサンドラは、早速クエストボードの前に立っていた。
実を言うと、彼女は王都に来るまでの旅費等で財産の大半を失っている。クエストの一つでも達成しないと、今夜の野宿が決定してしまうのだ。
クエストボードには、古今東西至る所から入って来た、千差万別のクエストが張り出されている。
数多ものクエストの中から、自分に見合うクエストを選択する。それも冒険者生活の一興と言えよう。
「一口にホワイトと言っても、難易度に幅があるようですね。私は初心者ですし、初めは運搬系のクエストの方が良いのかと……」
ある地点からある地点まで指定された物資を送り届ける運搬系のクエストは、比較的安全である。
プラチナ、ゴールドランクのように危険な道を通ったり、高価な物を運んだりするなら兎も角、最低位のホワイトランクは食料や手紙を届ける程度。魔物や盗賊に襲われる心配も、まずない。
その分報酬も格安ではあるが……まだパーティーも組めていない、それも初クエストであるアレキサンドラには、ぴったりだった。
「よし、これにしましょう!」
アレキサンドラはクエストを受注するため、クエストボードから張り紙を取ろうとすると……その手を何者かに押さえつけられてしまった。
「!?」
重ねられたのは、自分の安物なんかとは違い、見るからにお高そうな金色の装甲。
アレキサンドラが振り返ると、鎧と同じ金色の短髪をした優男が立っていた。
首からは駒をネックレス状にして提げており、その色は白金。
プラチナランクの騎士が、一体ホワイトの自分やクエストに何の用だろうか? アレキサンドラには、全く以て意味がわからなかった。
「あの……このクエスト、お受けするんですか? だったら、お譲りしますけど……」
恐る恐る、アレキサンドラは尋ねる。
プラチナの騎士の後ろには、ゴールドランクのヒーラーと魔術師が控えていたため、より一層下手な真似は出来なかった。
尋ねられたプラチナの騎士は、ニッコリを笑いながら、
「クエストじゃないよ。君に用があるんだ。君は……えーと……」
「アレキサンドラです。アレキサンドラ・ベル・エメラルド」
「アレキサンドラちゃんね。アレキサンドラちゃんは、このギルドに入ったばかりなのかい? 見ない顔だけど……?」
「はっ、はい。本日より、『白銀の女騎士』の一要因となりました」
「一要因?」
「間違えました。一員です」
「よっ、よろしくお願いします!」。アレキサンドラ頭を下げる。
「こちらこそ、宜しく。……と、ちょっと待っててね」
プラチナの騎士はそう言って、アレキサンドラに背を向ける。彼の背後から、受付嬢が駆け寄ってきていたのだ。
「バロッサさん! お帰りになっていたんですね!」
「あぁ、ただいま」
「ご無事で何よりです」。受付嬢はその大きな胸に手を置き、ホッと安堵して見せた。
その仕草を見たアレキサンドラはつい、自分の貧相なそれと比較してしまう。
「この十年、誰も成し得なかったクエスト、『ゴッドドラゴンの討伐』。ギルド側としても、果たしてこのクエストをプラチナランク如きで留めて良いものなのか、悩ましいものであったんですが……」
前述しているが、『白神の女騎士』でのクエストの最高位は、プラチナ。
だというのに「プラチナ如き」と言うということは……このギルド、いや、この王国でもクリアは不可能とみなされた。そういうことだった。
プラチナの騎士……バロッサは受付嬢に微笑みかけながら、
「俺が行かなきゃ、誰も行かないでしょう? そして誰も行かなかったら、民はもっと苦しむことになる。……命を賭ける理由としては、それで十分だよ」
バロッサのその言葉に、受付嬢はトロンとした目になる。
両手を胸の前で組み、頬を赤らめて、
「バロッサ様~」
その姿はさながら、恋する乙女のようだった。
やがてアレキサンドラの存在に気が付いた受付嬢は、平静を取り戻すと、ゴホンと一つ咳払いをした。
「今の自分には触れるな」。案にそう言っているのだ。
「バロッサさん、ご紹介致しますね。こちら、アレキサンドラさん。本日より、ギルドに加入致しました」
「あぁ、さっき教えて貰った」
「そうでしたか。では、バロッサさんのことも?」
「……そう言えば、俺の自己紹介はしていなかったね」
バロッサはアレキサンドラの方に向き直る。
「俺はバロッサ。プラチナランクの騎士をやっている。後ろにいる二人は、俺のパーティーメンバーだ」
バロッサが後ろを親指で指すと、控える二人も『どうも』と会釈をした。
「それだけではありません! バロッサさんは、現在このギルドにおける最強のお方なのです!」
愛の手を加えるように、受付嬢が言う。
『白銀の女騎士』最強という称号は、この王国最強と同義だった。
「このギルド、最強……」
アレキサンドラは受付嬢の言葉を復唱する。
強くて気高くて、それでいて決して傲慢にならない。
同じ騎士として、目標とすべき存在だとアレキサンドラは思った。
「そんなことより、アレキサンドラちゃんは綺麗な黒髪をしているね」
「え? 綺麗かどうかはわかりませんが、この黒さは生まれつきです……」
肩まで伸ばした黒髪は、特別な手入れをしているわけではないというのに、サラサラである。
アレキサンドラが気にしているとしたら、それは前髪だけ。気弱な彼女はなるべき人と目を合わさずにいられるように、前髪で目を隠しているのだ。
そんな意図的に伸ばしているアレキサンドラの前髪を、バロッサは上げる。
「瞳の色も黒。……うん、白と対なっていて、実に良い色だ」
バロッサはアレキサンドラから手を離すと、受付嬢に話しかけた。
「アレキサンドラちゃんのデータって、見られるかな?」
「本来ならいけないのですが……バロッサさんですからね。特例ですよ? ……今、持ってきます」
クスッと笑みを溢しながら、受付嬢はクエストカウンターへ小走りで向かって行く。
走りゆく姿を見ながら、アレキサンドラはバロッサに尋ねた。
「どうして、私のデータを?」
「君に興味があるからだよ。勿論、騎士としての君に、ね」
バロッサはその甘いマスクで、ウィンクしてみせる。
「はぁ……」
最強の騎士に魅入られたのは素直に嬉しい。が、アレキサンドラはホワイトの中のホワイト。こうして会話をしているだけで、本来あり得ないことなのだ。
少しして。
アレキサンドラの履歴書を片手に、受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしましたー! こちら、アレキサンドラさんのデータとなっております」
「ありがとう」
受付嬢から履歴書を受け取ったバロッサは、その内容にサッと目を通す。そして、
「いや、この能力は素晴らしいよ。実に素晴らしい」
言いながら、何度も頷いた。
履歴書には、既出の内容以外にもう一つ、記入してある欄が存在した。
【能力】 白戦姫
「様々な能力がある今日日、まさか神の名を冠する能力に出会うことが出来るとは。いやいや、感激に至りだよ」
アレキサンドラにはそれが、些か大袈裟な表現であるように思えた。
「白兵戦においては、敵なしと言われた伝説の女神、ワルキューレ。その戦力は一騎当千に値すると言われている。……やはり俺の見立てに、間違いはなかったようだ」
バロッサは履歴書を持っていない方の手を、アレキサンドラに差し出す。
「アレキサンドラちゃん。いや、アレキサンドラ。俺たちのパーティーに、是非加わってくれ」
「……え? えーーーーーー!?」
広いギルド内に、アレキサンドラの叫びが木霊する。
一瞬周囲の視線が彼女に注がれたのだが、奇声や奇行は日常茶飯事なのか、すぐにまた騒々しくなった。
しかし当の本人は、そんなギルド内の変化に気付く余裕もない。何故なら彼女は今、最強のパーティーに誘われたのだから。
「パーティーに加わってくれって……私が!? プラチナのバロッサさんのパーティーに、ホワイトの私が!?」
「うん。二人も、構わないだろ?」
バロッサは後ろにいるパーティーメンバーに確認を取る。
「どうせ反対したところで、無理矢理引き入れるんでしょう? だったら、初めから何も言わないわよ」
「……同感」
渋々ながらも、二人も了承したようだ。
「いや、ダメでしょう! だって私は、ホワイトなんですよ!?」
「まだ、ね。入ったばかり誰だって、俺だってホワイトだったさ。でも……俺の勘が告げているんだ。君はいずれ、プラチナランクになる騎士だって」
「……」
誰も傷つけられず、自分が傷つくだけ。
同年代の村人たちに馬鹿にされ続けた自分が、最高位たるプラチナランクになるだなんて。そんな未来、想像も出来なかった。
アレキサンドラは実際、毎日簡易的なクエストを受け続けて、細々と暮らしていければ良いと思っていたわけだし。
アレキサンドラは助けを求めるように、受付嬢を見る。
さっき彼女は、「いつでも聞きたいことを聞きに来い」と言ってくれた。今がその時だ。
受付嬢は笑顔で頷きながら、答えを提示してくれた。
「バロッサさんにそこまで言わせるなんて、凄いことですよ! 彼らの下で経験を積み、強くなれば……本当にこのギルドで二人しかいない、プラチナになれるかもしれません!」
先程「ホワイトはホワイトと組むことをオススメする」と言っていたのは、一体どの口だっただろうか?
アレキサンドラは考えた。
確かにバロッサについていけば、強くなれるかもしれない。
より上位のクエストを受けることが出来て、大金だって手に入るかもしれない。
そして何より、脆弱な自分を変えるきっかけになるかもしれない!
「……よし!」
覚悟を決めたアレキサンドラは、差し出されたバロッサの手を握り返した。
「おっ、遅くなりましたが、よっ、宜しくお願いします!」
「あぁ、改めまして、宜しく」
握手するアレキサンドラとバロッサの手に、二人のパーティーメンバーも手を添える。
新たなパーティー結成の瞬間であった。
「さてと。じゃあ、早速クエストを選ぼうか」
バロッサのセリフに驚いたのは、受付嬢だった。
「えぇ!? だってバロッサさん、ついさっきゴッドドラゴン討伐から帰ってきたばかりじゃないですか!? なのに、もう次のクエストに出られるんですか!?」
「お気遣いありがとう。でも、民が困っているんだ。俺たちが休息を取ることが出来るのは、皆が笑顔で過ごせる世界を作ってからだよ」
そう言ってバロッサは、クエストの選別を始めた。
「いつもなら迷わずプラチナランクのクエストを受けるんだけど……アレキサンドラは今日がクエストデビュー。初めからプラチナは荷が重いだろう。ワンランク下の、ゴールドにしておこうか」
「それは……どうも」
ゴールドですら、十分荷が重すぎる。アレキサンドラは言い出せなかった。
「何かオススメのものはないかな? もしくは急を要するものとか?」
バロッサは受付嬢に聞く。
受付嬢は「うーん」と少し声を唸らせた後、
「そう言えば、届いたばかりのホヤホヤのクエストがあるんです。確かゴールドだった気がしますし……どうでしょう?」
「OK。それにしよう」
「では、お手数ですがカウンターまでよろしいですか?」
受付嬢に先導され、アレキサンドラたちはクエストカウンターへ向かう。
「こちらです」
受付嬢が取り出したクエストは、先程アレキサンドラに説明する際に用いた『ケルベロス討伐』だった。
「ケルベロス一頭の討伐。報酬は16万Gです」
「16万Gか……4人だと、一人4万Gということになるね。ゴールドランクのクエストにしては安い方だけど、まぁ良いか。……ん? どうしたんだい、アレキサンドラ?」
「……いえ、何でも」
16万G。それが自分がここに着くまでの費用よりも高額だなんて、口が裂けても言えないアレキサンドラだった。
受付嬢が、バロッサに確認する。
「では、このクエストを受注ということで、よろしいでしょうか?」
「あぁ」
「クエストを受けて頂き、ありがとうございます。場所は東の森です。それでは、お気を付けて、いってらっしゃい!」




