欲深き冒険者への天誅
お芝居の強襲だとしても、全てが嘘というわけにはいかない。やはりある程度は現実味がなくてはならないもので。
野盗を演じる以上、街中で大々的に戦闘を繰り広げるわけにはいかず、かといって迂回ルートがある道や隠れる場所のない道なんかも不適合。
つまるところ、今回の任務においてはこの山越えを狙うことこそが、最良の手だといえた。
恐らくマッチポンプを計画している冒険者たちは、ここでことを成すだろう。ヤマトたちは、そう考えていた。
「だからこそ、俺たちもここで計画を実行しようと思う」
ヤマトはパーティーメンバーであるアレキサンドラとツバキに、そう言った。
ヤマトたちが現在いるのは、例の冒険者たちが越える予定の山中。の、とある木の上。
特に葉が生い茂っている木を選んだ為、真下にでも来ない限り、外から彼らの存在が認知されることは、まずない。
ヤマトは道を挟んで反対側の茂みに目を向けた。
談笑しながら茂みに隠れる、三人の冒険者たち。アレキサンドラは、その三人に見覚えがあった。
「あの人たち……ギルドにいました」
「そういう手はずになっているからな。……俺は覚えてないけれど」
「まったく」。ツバキは呆れたように、ヤマトを見た。
いつもならいざ知らず、茂みの中の冒険者たちは、今日は襲う側である。それも命の危機にさらされることなんて、絶対にあり得ない。
故に彼らは、油断も隙も大ありなのだ。話に夢中になっていて、自分たちに向けられている敵意に気が付かない程に。
これでは冒険者失格である。
場面は戻り、木の上では。
アレキサンドラが何やらヤマトの顔を、先程から凝視していた。
「何だ?」
「いえ。ヤマトさんが編笠をかぶっているところ、初めて見たなーって。ほら、私を助けてくれた時は、かぶっていませんでしたし」
「あの時は相手がケルベロスだった。でも、今回は違う」
敵は同僚。しかも見方を変えれば、ギルドの邪魔をしていることになる。
素顔や正体がバレることだけは、避けなければならないのだ。
だからヤマトは編笠で、ツバキはマントのフードで、アレキサンドラは兜で頭部を隠している。
「アレクも、兜だけは絶対に取られるんじゃない」
「はい、わかりました」
アレキサンドラは、力強く頷く。
彼女の覚悟を確認したヤマトは、今度はツバキに顔を向けた。
「で、敵の人数とジョブは?」
「あとついでに階級も、でしょ? ……護衛を務めている側は、銀の女騎士と銀の魔術師、そして金のヒーラーという三人のパーティー。対して襲う側は、銀の召喚術師に銀の女魔術師、そして金の騎士……こちらも三人パーティーね。総じて六人といったところかしら?」
ゴールドランクを含む上級冒険者が、全部で六人。
アレキサンドラは鎧の胸部にはめてある白い駒を触りながら、ゴクリと息を飲んだ。
「俺はギルドに顔を出していないからわからないんだが……強いのか?」
「強いからゴールドになったのよ。……でも、私の記憶が正しければつい先月昇級したばかり。あなたや私が遅れをとるはずもないわ」
「そうか。……時に、アレク」
「ひゃいっ!?」
いきなり声をかけられ、アレキサンドラは声を上ずらせる。
「落ち着け」と、ヤマトはそんな彼女をたしなめた。
「そう言われても……私はホワイトなんですから、ゴールドの先輩方を相手にするとなると、緊張もしますよ。……それで、何ですか?」
用があったから、ヤマトはアレキサンドラに話しかけたのだ。
「さっきのツバキの話、きちんと聞いていたか?」
「はい」
「では、尋ねよう。六人の敵の中で……真っ先に倒すべきなのはどいつだ?」
「戦術ですか。そうですねぇ……」
考えるべきなのは、階級と職業。階級は悩むまでもなく、一択。
となれば騎士かヒーラー……。悩んだ末、アレキサンドラが出した答えは、
「ゴールドの騎士ですね。一番の戦力を叩くことで、他の五人の戦意を喪失させる。戦わずして勝つというところでしょうか?」
「敵自身ではなく、敵の心を折る……成る程、面白い発想だ。しかし、今回のケースにでは、騎士より前に倒すべき相手がいるな」
「ヒーラーだ」。どうやらアレキサンドラは、惜しいところまでいっていたようで。
しかしヒーラーを率先して倒すべき理由は、彼女の考えるそれとは異なっていた。
「階級なんて関係ない。はじめは兎に角ヒーラーを戦闘不能にする。どんなに敵倒しても、ヒーラーが健在である限り何度でも復活してくる。何度も、何度も、何度も、何度も……。まるでゾンビのように、な」
倒れても復活を幾度となく繰り返されては、流石のヤマトやツバキも危うくなってくる。
「ヒーラーは護衛担当だったよな?」
「えぇ」。ヤマトの問いに、ツバキが答える。
「ということは、依頼主を中心として前衛に女騎士、中衛にヒーラー、後衛に魔術師というのがセオリーだな。……厄介だ」
なにせ前から攻めようが、背後から奇襲を仕掛けようが、金のヒーラーに辿り着くには銀の女騎士か銀の魔術師を倒さなければならない。
「女騎士か魔術師か……どちらの方が倒しやすいでしょうか?」
奇襲を仕掛けられ、かつ防御力の低い銀の魔術師だろうか? それとも、遠距離攻撃を使用しない銀の女騎士?
「自分から考える傾向は、悪くない」
悩むこと自体は褒めたヤマトだったが、彼女の回答に関してはどちらも「違う」だった。
「前でもなければ、後ろでもない。勿論右でも左でもな」
ヤマトは人差し指を、ピンと天に突き出す。そして普通なら脳裏にもよぎらない場所を口にした。
「上だ」




