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武器屋②

 武器屋の奥に連れてこられたアレキサンドラだったが、


「ちょっと待っててね。あなたに合いそうなものを、いくつか持ってくるから」


 武器屋娘はそう言い残して、戻って行ってしまった。


 装備を、それをいくつも持ってくるとなると、相当な労力を要するはずだ。


「手伝いましょうか?」


 アレキサンドラは尋ねたが、「大丈夫」と断られてしまう。


「お客様は、休んでなさいよ」


 数分後。

 武器屋娘が運んできた装備を、アレキサンドラは次々と試着する。


 動きは遅くなるが、防御力は申し分ないもの。対して防御力こそ劣るが、素早い動きを可能としているもの。いくつもいくつも、試着した。


 その最中、アレキサンドラは武器屋娘に声をかける。


「あの……一つ、お聞きしても?」

「何? ……あと、あなたもタメ口でいいから」

「あっ、はい」

「早速敬語だし」


 武器屋娘は苦笑する。


「それで、何が聞きたいの?」

「はい。……じゃなくて、うん。……どうして、闇市場で武器なんか売っているの?」


 品数は豊富。加えて王都とは違い、近辺に競合店となるような場所はない。

 認可されれば、それなりの儲けになるはずだ。

 しかし武器屋娘は、「そんな簡単にいかないわよ」とはにかむ。


「ウチで扱っている武器は、大半が裏取引で流れてくるものだからね。表の世界で堂々と売れるものなんて、ガラクタばかりよ。それに」


「バロッサが嫌いだから」。理屈ではない、感情論を武器屋娘は言い放った。


「あいつがいなかった頃の方が、平和な世の中だったと思うわよ? 多くの人間が幸せだったと思うわよ? ……個人的な偏見だけど」


 貧富の差という点では、或いは彼女の偏見は的を射ているのかもしれない。


「そんな理由で良いの?」

「良いの良いの。世の中には、奥さんが好きだからっていう理由で靴を舐める男もいるんだもの」

「……だね」


 アレキサンドラと武器屋娘は、笑い合った。


「変なこと聞いて、ごめんね? ……不快に思った?」

「全然! ……と言いたいところだけど、折角だし。これ、着てもらおうかな?」


 そう言って武器屋娘が手に取ったのは、何とも破廉恥な防具。

 これでは己の身どころか、貞操すら守れそうにない。


「えっ? それはちょっと……」

「問答無用!」


 アレキサンドラの制止も聞かずに、武器屋娘は彼女の身包みを剥き始める。

 自分で脱ぐならいざ知らず、人に脱がされるのは何とも抵抗があるもので。されど抵抗は虚しく、アレキサンドラはとうとう上下共に下着姿になった。


「きゃっ! ちょっ! いや~~!」


 そこはユートピアだった。


 ◇


 刀を研ぐ音が、武器屋の中に響いている。


 カウンターを挟んで入り口側にはヤマトが。反対側には武器屋店主が。

 二人とも何か話すわけでもなく、一方は刃を研ぎ続け、もう一方はそれを待ち続けていた。


 チラッと。手を動かしながら、武器屋店主は横目でヤマトを一瞥する。


 ヤマトは店内を見て回ったりすることはなく。目を瞑り、カウンターの前に置かれた椅子に腰掛けていた。


(気まずい沈黙だ)


 ヤマトと武器屋店主は、もう二年以上の付き合いになる。仲が悪いというわけではない。


 しかし所詮は武器屋と顧客という関係。顔を突き合わせて即会話とはならなかった。

 普通以上特別未満、そんな関係性。だからこそ、沈黙に対する居心地の悪さは増長しているのだが。


 親密度というか、信頼度というか。

 ヤマトが世界で一番信頼している人間は、間違いなくメサイアだ。そこは疑う余地もない。


 しかし彼女はもうこの世にいない。故にメサイアを除外して考えるならば……メリアやビロッドといった家族。もしくはツバキやアレキサンドラのようなパーティーメンバーが挙げられるだろう。


 では、自分は?

 ヤマトは一体、どれくらい自分を信頼してくれているのか?


 刃に写る己を見ながら、武器屋店主は思った。


 もう一度、武器屋店主はヤマトを見る。カウンター越しの、ヤマトの姿を。


 このカウンターこそが二人の間にそびえる壁であり、カウンターの幅こそが二人の距離だった。


 武器屋店主の視線に気がついたのか、ヤマトが片目を開ける。


「何か?」

「いいや、何でも」

「そうか。……時に店主、一つ相談があるんだが……」

「!?」


 相談。あのヤマトが、自分に相談があると言ってくれた。


(それくらいには、心を許して貰えているみたいだな)


 武器屋店主の胸の奥から、目尻から、何かが込み上げてきた。


 様々な感情が表に出るのをぐっとこらえて、


「聞いてやるよ」


 武器屋店主は、カウンターに体を乗り出した。


「いや、刀を研ぎながらで構わないんだが……」

「……」


 何も言わずに、武器屋店主は元の位置に戻る。


「それで、相談ってのは何だ? 女にモテる秘訣か?」

「俺は二度と恋をする気はないし、仮にするとしても、店主にアドバイスを求めない。奥さんに逃げられた店主には、な」


 苦虫を噛み潰したような顔をする武器屋店主。そんな彼の心中など察しようともせず、ヤマトは「アレキサンドラのことだ」と口にした。


「アレキサンドラ……お前が連れて来た嬢ちゃんだったよな?」

「あぁ。アレキサンドラ……いや、アレクのやつ、メサイアと同じことを言ったんだ」


「バロッサのあれは強さではない。ただの暴力だ」。アレキサンドラが叫んだそのセリフが、寝ても覚めてもヤマトの頭から離れない。

 それで頭の中がいっぱいになることこそないが、隅の方に確かに存在している。


「別に、メサイアと同じセリフを吐くくらい、気に留めるようなことじゃないだろ? 単なる偶然かもしれないし」

「メサイアと同じ、『白戦姫』の能力を有していてもか?」

「……」


 神の名を冠する能力が滅多に存在しないことくらい、武器屋店主にもわかっていた。

 だからこそ、理解する。


「……それが、お前が嬢ちゃんをパーティーメンバーに加えた理由か」

「……」


 沈黙はイエスだった。

 やがて口を開いたかと思うと、


「知った風な口を」

「仕方ないだろ? 知っちまったんだから」


 その時ヤマトが微笑んだかのように見えたのは、果たして武器屋店主の見間違いだっただろうか?


 武器屋店主は刃を研ぐ手を止め、大層なあごひげを手でなぞる。


「世界には同じ顔をしている人間が三人いると言う。……ならば同じ思想や能力を持った人間が三人いてもおかしくない、そういうことか?」

「わからない。ただもしアレクが俺の前に現れたのが偶然ではないとしたら。……神は一体、何を俺に望んでいるのだろうか?」


「今まで通りにはいかないのかもしれないな」。段々と輝きを取り戻しつつある愛刀を見ながら、ヤマトは吐露した。


「……敗北者の称号は返上か?」

「さぁな」

「世界で二番目に強い男の肩書きも?」

「その肩書きなら、とっくに失くしているつもりだ。……でも、二度と名乗る気はない」


「二番」では意味がないのだ。

 バロッサを倒して、一番にならなければ。


「安心しろ」


 刀研ぎを再開させながら、武器屋店主は言う。


「ウチの客である限り、お前がたとえ敗北者だろうが、世界で二番目に強い男に戻ろうが、人以下の家畜に成り下がろうが……俺と俺の娘は、味方だからよ」

「……ありがとう」


 礼なんて要らない……と言ってやりたかった武器屋店主だが、どうやらまだそこまで距離は近づいていないようだ。

 カウンター越しというのは、思った以上に離れて感じるものだ。


「娘さんといえば……」。ふと思い出したように、ヤマトが話題を転換する。


「結婚しないのか?」

「俺はもう、独身でいいかな」

「アンタじゃねぇよ、バカ。娘さんだ」

「お前……本気でそれを?」

「あぁ。本気で心配している」


 バカはお前だよ。武器屋店主は、目でそう訴えかけた。

 大袈裟に溜息を吐く。その真意など、ヤマトが知る由もないが。


「お前それ、あいつの前では絶対に言うなよ?」

「はぁ」


 ヤマトは頭に疑問符を浮かべている。

 自分はおかしなことでも言ったのだろうか? しかしその質問が、彼の口から発せられることはなかった。なぜなら――


「お待たせしましたー、ヤマトさん!」


 当の本人である、武器屋娘が店の奥から戻って来たのだから。


(この話は、ここまでだな)


 さして興味深いわけでもなかったし。


 武器屋娘が戻って来たということは、アレキサンドラの装備が決まったということだ。

 しかし……肝心のアレキサンドラが、いつまで経っても出てこない。


「……アレクは?」


 ヤマトの呟きでアレキサンドラが尻込みしていることに気が付いたのか、「少々お待ちを」と、武器屋娘は店の奥に戻っていく。


「ほら、アレキサンドラ! 早く出て来なさいよ!」

「でも、こんな綺麗な装備、私には似合わないんじゃ……」


 声が駄々漏れである。


「それを決めるのは、ヤマトさんと私! そして私は、似合ってると思う!」


「俺は……?」と拗ねる武器屋店主。


 武器屋娘は、アレキサンドラを強引に説き伏せ、強引に引っ張り出す。

 恥ずかしがりながら、アレキサンドラはヤマトたちの前に出てくる。


 その容姿にヤマトは息を呑み、武器屋店主は「おぉ」と感嘆の声を漏らした。


 アレキサンドラが身につけているのは、真っ白な鎧。背中には、閉じた天使の羽をモチーフとした装飾品が付けられている。


「どう……ですかね?」


 頬を赤らめ、恐る恐るアレキサンドラは尋ねる。


「良いんじゃないか」


 素っ気ないヤマトの一言で、彼女の顔が一変。明るくなった。


「えへへ。えへへへへ」


 だらしなく頬を緩めるアレキサンドラ。武器屋娘は、「お買い上げありがとうございまーす」と上機嫌だった。


 美麗な装備はやはり高価なもので。それでもケルベロスの牙を売ったアレキサンドラなら、なんとか支払うことが出来た。

 残額は一食取れるかどうかという程度。それでもこれは、必要経費である。


「毎度ありー。……アレキサンドラ、あなた、ギルド構成員の証明である、駒を持っているでしょう?」

「あっ、はい」


「出してみて」。武器屋娘に促され、アレキサンドラは白い駒を取り出す。

 武器屋娘は駒を受け取ると、アレキサンドラの胸部に、駒をはめ込んだ。


 胸部には駒と同じ形状の窪みがあり、寸分狂わずぴったりとはまる。


「はい、これで完成。今日からこれが、あなたの鎧よ」


 武器屋娘に鏡の前まで移動させられ、アレキサンドラはようやく自分の姿を確認する。


「わぁ……」


 自分が自分でないような、そんな感じがした。

 アレキサンドラは振り返り、ヤマトに頭を下げる。


「ヤマトさん、ありがとうございました!」

「俺は金も出してないし、選んでもいない。……あとは、剣だけだな」

「剣……あっ」


 そこで、アレキサンドラは思い出す。

 そういえば、自分は剣をなくしているんだった、と。


 アレキサンドラは自身の財布を確認する。……どう頑張っても、剣を買うだけのお金はない。


 だけどヤマトにお金を借りるというのは、あまりしたくないことであって。仲間内だからこそ、金銭のやり取りはなるべく控えたいのだ。


「あのー」。申し訳なさそうに、アレキサンドラは話を切り足す。


「やっぱり、もうワンランク安い装備にしようかと」

「何でよ? せっかく似合っているのに」

「それは嬉しいしありがたいんですが……その、お金がもうなくて……」


 時間があるならまだしも、ツバキと約束した初任務は明日。それも敵は上級冒険者なのだから、剣なしで戦うのはご法度だ。


(でも、出来ることならこの装備を手放したくないな)


 だって『友達』が自分のために一生懸命選んでくれて、ヤマトが始めて褒めてくれた装備なのだから。

 そんな彼女の思いを見透かすかのように、ヤマトは「返品する必要はない」と言う。


「あっ、ヤマトさん。借金ならしませんよ? これ以上ヤマトさんにご迷惑をかけたくないんで」

「金は貸さない。もちろんあげることもない。……その代わり、これをお前に渡す」


「終わってるか?」。ヤマトが武器屋店主に尋ねると。


「おう。先にこっちを研いでおいたからな」


「ほらよ」。武器屋店主に渡された剣を、ヤマトはそのままアレキサンドラに譲渡した。

 それは――先日彼がケルベロスを葬った、金色の剣だった。


「あの……これは?」

「光の剣、クラウ・ソラス。かつてワルキューレが使っていたとされる剣だ。そして……メサイアが愛用していた、あいつの形見でもある」


 ヤマトがどうして装備に似合わない洋式の剣を持っていたのか。どうして刀ではなく、この剣ばかり使っていたのか。その答えを、アレキサンドラはようやく理解した。


 ヤマトはあくまで持っているだけで、この剣はメサイアのものだったのだ。


 それをアレキサンドラに譲ると言っているヤマト。彼女の答えは、当然「NO」だった。


「そんな! メサイアさんの形見なんて、受け取れるわけがありません! 私は安物の剣で十分ですから!」

「そう言わずに、貰ってくれ。メサイアと同じ思想を持つお前に使って貰えるのなら、クラウ・ソラスも本望だろう」

「でも……」

「まだ受け取れないと言うのなら、そうだなぁ……手始めに明日の任務で、活躍してもらうとしよう。それでどうだ?」


 口ではそう言っているものの、ヤマトがアレキサンドラに危険な真似をさせるはずがない。ましてやバロッサのように、見捨てることも。


(不器用な人)


 でもその不器用な優しさが、何より心地よかったりする。


 明日、自分がどれだけ活躍できるのかはわからないけど。足手まといにならないくらいには、頑張ってみよう。


 だから――


「はい、任せて下さい!」


 お礼なんて不要だ。アレキサンドラは感謝を述べず、代わりにどんと胸を叩いたのだった。白く輝く、『白銀の女騎士』としての証を。

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