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Reパーティーへの誘い

「お義兄さんはそれから、敗北者呼ばわりされるようになった。戦いに挑み、惨めに負けて、その上靴を舐めてまで命乞いをした。一連の行動は、人々を失望させるのに十分だったのよ」


 特に期待が大きかった人間ほど、評価の下りは著しいものである。

 結果ヤマトは『白銀の女騎士』から事実上、追放されたのだった。


「あの日からお義兄さんは、人知れず毎日修行を続けていた。最強を目指してきた。それと同時に、バロッサが助けないような人間たちに手を差し伸べてきた」


 日の当たる場所でバロッサが戦うのに対して、ヤマトは日の当たらない影で戦い続けているのだ。

 誰にも評価されなくても。たとえ助けた人間たちに蔑まれたとしても。


「アレキサンドラ」


 メリアはアレキサンドラを真っ直ぐ見つめる。


「お義兄さんについていけとは言わない。尊敬しろとも言わない。でも――影で戦う男のことを、どうか忘れないで」


その夜、アレキサンドラは中々寝付くことが出来なかった。


あれ程走り回ったのに、怖い思いをしたのに。疲れたという概念が、まったくもって消えている。


いや、消えているわけじゃない。確かに存在するのだが、それ以上に考えることがあるのだ。


(強さ、か)


冒険者である以上、それが自身の存在価値に直結することくらい、アレキサンドラにもわかっていた。


どれだけの数の依頼をこなしたのか。どれ程強い敵を倒したのか。しかしそんなの単なる数字でしかなく。結果でしかなく。

どのような信念を待って戦っているのか? それこそが「強さ」の本質なのではないかと、アレキサンドラは思い始めていた。


ヤマトは信念を持って生きている。目標の為に強くなっている。その為に、恥までかいてまで。


では、自分は? 自分は何の為に、剣を握っているのだろう?


村の人たちに推されて、騎士になる決意をした。唯一知っている場所だから、『白神の女騎士』に入ることにした。「パーティーを組まないか?」と誘われたから、バロッサたちと手を組んだ。そして――裏切られた。


どの行動も、全て理念は他者であり。自分の気持ちなんて、微塵もなかった。


諭され、流され、為すがままに生きて。自身の持つ駒が表わすように、自分は未熟で真っ白過ぎるのだ。


「あー、もう」


アレキサンドラは髪をわしゃわしゃと掻き回す。

考えているうちに頭はモヤモヤしていく。気分転換がてら夜風に当たろうと、アレキサンドラ外に出ることにした。


もう深夜。少なくともビロッドは熟睡しているはずだ。

アレキサンドラは音を立てずに、そーっと家を出た。


「あっ」


家を出ると、外には先客がいた。


深夜だというのに、外ではヤマトが木刀を振っていたのだ。


「フンッ! フンッ! フンッ!」


もう何時間も振り続けているのだろう。服を身につけていない上半身は、汗だくになっている。


そして何より、身体中の傷が彼の努力を証明していた。


一心不乱に木刀を振るい続けるヤマトは、アレキサンドラの姿に気づいていない。

どうせやることもないことだし。そう思ったアレキサンドラは、ヤマトがひと段落つくまで玄関先の階段に腰をかけることにした。


彼を見ていれば、自分のモヤモヤも晴れると思ったのだ。


木刀が空気を切り裂く。

ブンッ、ブンッ。目を瞑ると、何だか自分の悩みを断ち切ってくれている気分になる。


その音はとても力強く、ホワイトの自分なんかとは比べ物にならないと、アレキサンドラは思った。


そして同時に、恐ろしくもなった。ここまでの強者ですら、バロッサに手も足も出ないなんて……。


それから10分ほど素振りを続けたところで、ヤマトは動きを止めた。


「ふぅ」


水を欲しているのか、喉を摘みながら玄関に向かう。

アレキサンドラは前もって用意していた水を、ヤマトに渡した。


「どうぞ」

「ん? あぁ、すまない」


ヤマトはアレキサンドラが水の入ったコップを受け取ると、一気に飲み干す。


勢いが良すぎたせいか、口元から水が垂れ落ちていた。


水を飲み終えたヤマトは、コップを返しながらアレキサンドラに問う。


「アレク、子供はもう寝る時間だぞ?」

「子供じゃありません。もう16歳です! 大人です!」


この世界では、16歳から成人とみなされる。今年で丁度その年齢になったアレキサンドラは、もう大人だった。


「そうか、大人か。だったら、こんな夜中に会ったばかりの半裸の男と話していても、問題ないよな。……眠れないのか?」


ヤマトの問いに、アレキサンドラは素直に「はい」と答えた。


「そうか。それはすまなかったな」

「はい?」


突然謝るヤマトに、アレキサンドラは聞き返す。


「別に、素振りの音がうるさかったわけじゃないですけど……」

「そうじゃない。……メリアから聞いたんだろ? 俺の過去や、メサイアの話。それで眠れなかったんだろ?」

「!」


どうやらヤマトには、全てお見通しのようだった。


「感動して眠れない、わけじゃないんだよな?」


よっこらせと、ヤマトはアレキサンドラの隣に腰掛ける。

アレキサンドラは、萎縮してつい体を縮こませてしまった。


「……はい」

「何を聞きたいんだ? 話してみろ。子供の疑問に答えるのは、大人の役目だ」

「だから、子供じゃないですって」


この年の女子は、やたら子供扱いを嫌うものだ。


「そうだな。なら、女の悩みを聞くのは、男の役目だ」

「何ですか、それ? 惚れちゃいますよ」


アレキサンドラは苦笑いを見せた。


「惚れられては困る。俺には永遠の愛を誓った女がいるから」

「知ってます。……ねぇ、ヤマトさん。私は何の為に戦えばいいんでしょうか?」


その質問は予想外だったのか、それまですぐに返していたヤマトのセリフが止まった。

目を開いたまま、アレキサンドラを見つめるばかり。


「どうかしました?」

「いや、てっきりメサイア絡みの話だと思っていた」


勿論アレキサンドラも、最初はメサイアのことを聞こうとした。


人から聞いた情報、第三者目線から見た情報ではなく、張本人の口から色々話して貰おうと思っていた。

当時本当は何が起こったのか?その時ヤマトはどんな思いだったのか? 聞きたいことは山程ある。でも……


メサイアに関することは、ヤマトにとって触れられて欲しくない過去であり。だからこそ、メリアやビロッドに嘘をついてまで、隠れて鍛錬を行なっている。

故にアレキサンドラは、これ以上興味本位でヤマトの過去を詮索するのはやめようと決めたのだ。


そんなアレキサンドラの気遣いを察したのか、ヤマトは一言「ありがとう」と礼を述べると、アレキサンドラの悩みに真摯に向き合い始めた。


「……何の為に戦えばいいのか? 自分の為じゃいけないのか?」

「いけなくないですよ。むしろ、それが普通です。でも……私はその普通が、出来ないんです」


幼少期にいじめられ、利用される中、アレキサンドラは子供ながらあることを学んだ。


それは、自分の意見を口にしないこと。


自分の意見が人の意見と違うから対立するのなら、自分の意見を言わなければ良い。そして人の意見のみに従えば良い。


「慣れって怖いものですよね。初めのうちは自分の意見を言うことを我慢していたのに、気づくと自分の意見なんてなくなっていたんです。「何が食べたい?」と聞かれても、「何でもいい」。「何がしたい?」と聞かれても、「何でもいい」。……つまらない人間ですよね?」


アレキサンドラは、メリアから借りたパジャマの裾を掴む。

パジャマにシワがつくと、彼女は慌てて裾から手を離した。


「ヤマトさんもメサイアさんも、自分の信念のために戦っている。そしてその信念で、皆を笑顔にしようとしている。その姿がとても輝いて見えて。同時に自分が情けなくなりました」


俯くアレキサンドラ。その瞳からは、大粒の涙が零れ落ちている。

ヤマトは、そんなアレキサンドラの頭を撫でた。何度も、優しく、まるで「弱い」彼女を包み込むかのように。ヤマトは撫で続けた。


「ヤマトさん……」


潤んだ瞳が、月光に照らされて艶を出す。

恋愛感情ではないものの、ヤマトはアレキサンドラを美しいと思ってしまった。


やがてヤマトは口を開くと、


「俺もメサイアも、お前の言うような大層な人間じゃない。自分の信念を人に押し付けて、利害が一致した者同士惹かれあった。それだけのことだ」

「じゃあ……もしメサイアさんが違った信念を持っていたとしたら、好きにならなかったってことですか? 意見が対立したら、結婚しなかったってことですか?」


若干意地の悪いアレキサンドラの質問にも、ヤマトは「あぁ」と即答した。


「そんな!」

「だってそんなの、メサイアじゃないからな」


愛を語り、人のために生きるのがメサイアである。それは同時に、ヤマトがヤマトである理由を指し示していて。


もしヤマトがメリアやビロッドに嘘をつかず、今尚プラチナの侍として戦い続けていたのならば――それはヤマトではないのだ。


まだ一日も過ごしていない、浅すぎる関係ではあるが、アレキサンドラにもそのことが不思議と理解出来た。


「お前は信念がないのではない。自己がないわけでもない。たとえそうだとしても、それがアレキサンドラ・ベル・エメラルドなんだ」


アレキサンドラの他者を気遣うという長所と、他者を気遣い過ぎるという短所。それらを理解してくれる人間は、どこかに必ずいるはずだ。ヤマトはそう言い切った。


その証拠に、少なくともここに一人はいるのだから。


「誰かの為に戦い続けることは、恥じることじゃない。誇るべきことだ。かつて最強と言われた女なら、そう言っているだろうよ」


「なぁ、これは提案なんだが」。ヤマトはアレキサンドラに続ける。


「俺とパーティーを組まないか?」

「え?」


その提案は、アレキサンドラからしたら予想外のものだった。

ヤマトがプラチナで、アレキサンドラがホワイトだからではない。ヤマトが誰かとパーティーを組むこと自体に、驚きを隠せないのだ。


一体ヤマトは、どうしてそんなことを言い出すのだろう?


「……あっ」


その答えは、意外とすんなりと頭に浮かんできた。


「バロッサに見捨てられた以上、私がギルドに帰れないからですか? お気遣いいただき、どうもありがとうございます」


ペコリと会釈をするアレキサンドラ。

バロッサは既に自分が死んだものと考えているはずだ。そしてその旨をギルドに報告している。


そんな中、ノコノコとギルドに帰ってみろ。メンツを潰し、本性を知っているアレキサンドラを、バロッサが面白く思わないのは明白だ。

一度殺されかけている以上、二度目が起こってもおかしくない。


そんな自分の為に、不本意な提案をしてくれているのだろう。アレキサンドラはそう考えたのだが、実際は違ったようで。


「気遣いだけで預けられる程、俺の背中は安くない」


ヤマトは僅かな憤りを纏いながら、そう答えた。


「俺がお前をパーティーに誘っているのは、お前の人柄と接したからこそだ。紛れもなく強者だと、そう感じたからだ」


「お前が必要だ」。そのセリフに、アレキサンドラの目から再び涙が零れ落ちる。


しかしそれは先程のような、悔しさや悲しさからくるものではなく。全く別の感情が、彼女の目頭と胸を温かくしていた。


利用ではなく、必要とされる存在。

もしかするとそれこそが、彼女が騎士以上になりたかったものなのかもしれない。


「お前は人の為に戦うのならば、俺の為に戦え。俺はそんなお前を、命を賭して守ろう」


「だから、俺に背中を預けてくれ」。ヤマトが言い終える頃には、アレキサンドラは彼の胸に泣き崩れていたのだった。

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