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とある敗北者の話③

 一週間後の正午。


 ヤマトはメサイアの墓前に「行ってくる」とだけ伝え、決闘の地へ向かう。


 バロッサが手配した場所とは、本来祭典の歳にしか使われない王家保有のコロシアム。

 大規模なそのコロシアムには、立ち見の人間が出るほどの大観衆が詰めかけていた。


 観客席の内、最も敷居の高く見やすい場所には、国王をはじめとする王族の人間たち。たった二人の個人的な決闘が、国を挙げての一大イベントになっていた。


「国王の姿を見るのなんて、メサイアとの結婚式以来だな」


 あの時は幸せだったなと、ヤマトは笑った。そしてその幸せを奪った張本人を今から殺しに行くのだと、息巻いた。


 コロシアムの中央には、既にバロッサが仁王立ちしており。愛剣であるバスターソードを肩に担ぎながら、ヤマトを睨み付けていた。


「……来たか。身の程知らずの大バカ者が」


 大バカ者、もといヤマトは、一切の躊躇いもなくコロシアムの中央に進んでいく。

 二人が対峙すると、歓声は一層大きくなった。


「果たしてこの中に、俺の応援をしてくれている人間がどれだけいるかな?」

「結構いると思うぜ? 何せお前は、最高の男だからよ」


 観客席から二人の会話が聞こえることはない。故にバロッサも、本性剥き出しだった。

「それより見ろよ」。バロッサはバスターソードを持っていない左手を広げる。


「世界で二番目に強いお侍さん。俺の次に名を轟かせるお前に敬意を払って、こんなにも大層なステージを用意してやったよ。この設備! この観客! この歓声! ……最強を賭けた戦いに、相応しいだろう?」

「お前の死に場所にも、な」


 ヤマトの挑発に、バロッサはピクリと眉を動かす。


「こんなに暑い中観客に待ちぼうけを食らわせるのも悪いからな。さっさと始めよう」


 そう言って、ヤマトは腰に差してある刀を抜く。


「おいおい、そう急かすなよ。もうちょっとお喋りを楽しもうぜ。それとも、何だ? そんなに早く、俺と戦いたいのか?」

「あぁ。一刻も早く、最強の座を手に入れたい」

「このバロッサを前にして、言ってくれるじゃねーか」


「よっこらしょ」。バロッサは身の丈もあるバスターソードを、軽々しく天に突き出す。普通の人間なら、両手を用いても到底無理な行為だ。


「紙オムツは穿いたか? いつチビっても良いように」

「お気遣いどうも。だが生憎、侍は小便などしないんだ」

「どこのお姫様だよ、それ!」


 まるでツッコミでも入れるかの要領で、バロッサはバスターソードを振り下ろす。

 轟音や砂埃が発生すると共に、地面は裂け始め……遂にはコロシアムは、軽い地割れを起こした。


 たった一振り。軽く武器を振るっただけで、この破壊力。

 汗一つ垂らすことなく、涼しい顔をし続けるバロッサに、観客たちはゴクリと息を呑んだ。


 やがて砂埃は晴れ、視界は明瞭になっていく。


 フィールドの現状を確認した観客たちは、最早生唾を飲み込む余裕すらなく、ただただ唖然とすることしか出来なかった。


 振り下ろされたバスターソードの峰に、ヤマトが乗っているではないか。


 静かに、したたかに。ヤマトは両足のつま先で、器用にバランスを取っていた。


「あの破壊の一撃を躱したのか? 流石は世界で二番目に強い男」


 そう言って観客たちは、ヤマトのパフォーマンスに拍手という形で賞賛を送った。

 そして攻撃を躱されたバロッサ自身も、ヤマトを褒め称える。


「これを避けるとは、流石はヤマト。……大抵の奴らはな、今の攻撃を避けずに防ごうとするんだ。どうしてかわかるか?」

「防ぐ自信があるからじゃないのか? 悪いが俺はそんなギャンブルはしない。防御には体力も筋力も使うし、守りに徹している分隙も生じるからな」

「お前の考えは正しい。でも、クイズの答えは不正解だ。皆が避けずに、無駄な防御に徹する理由。それは……そもそも避けきれる攻撃じゃないからだよ」


 バロッサが放つのは、大剣とは思わせないほどの高速の一撃。その上攻撃範囲も広い。


 人々がバスターソードによる一撃を防ごうとするのは、それしか選択肢がないからだった。


「だというのに! お前はいとも簡単に避けやがった。純粋に凄いと思うよ。凄く凄く……生意気だよ」

「!」


 バロッサはヤマトを振り落とす。


 ヤマトは華麗に着地をすると、一分の隙も見せることなく、銀色に輝く刃を構えた。


「さぁ、ここらかが本番だ――」


 十分後。

 観客が見守るフィールドでは……無傷のバロッサが立ち、ボロボロになったヤマトがうつ伏せで横たわっていた。


「嘘……だろ?」


 ヤマトは振り絞るようにして、呟く。


 勝てると思っていた。たとえ勝てなかったとしても、皆があっと言うような善戦になると思っていた。


 しかし蓋を開けてみれば、その予想は大きくはずれ……ヤマトはバロッサに一太刀も入れることなく、敗北を喫したのだ。


 そして予想がはずれたのは、ヤマトだけではなかった。

 はじめの回避行動があった分、観客たちもヤマトには大いに期待を寄せていた。故に……ヤマトに浴びせられるブーイングや罵声は、止まることを知らなかった。


「呆気ないものだったな、ヤマト」


 ニヤニヤしながら、バロッサはバスターソードを――


「クソッ。俺はまだ……死ぬわけにはいかない……っ」

「……」


 ――ヤマトの目の前に、勢いよく突き刺した。


 邪魔者扱いされていたのだ。てっきり殺されるものだとばかり思っていたヤマトは、思わずバロッサに尋ねる。


「……何の真似だ? 情けでもかけたつもりか?」

「俺はお前を恨んでいるんだぞ? そんなもの、かけるわけがないだろう」


 バロッサはバスターソードを抜くと、代わりに自身の右足をヤマトの目の前に差し出した。


「お前は今、致命傷を負っている。たとえゴールドランクのヒーラーが治療に当たったとしても、死は免れないだろう。でも……俺ならば、その傷を一瞬にしてなかったことに出来る」


 その言葉は、ハッタリではなかった。

 バロッサには『リセット』という魔法があり、それを使えばどんな「もの」も元の状態に戻すことが出来るのだ。たとえ対象が、生命体であったとしても。


「ただし」。バロッサは傷を治す条件を、その後に続ける。


「俺の靴を舐めろ」

「……っ」


 三年前までのヤマトだったら、迷わず死を選んでいただろう。誇りを捨ててまで生きることに、価値なんて見出せなかっただろう。


 しかしメサイアと出会って、彼女と死別して、「最強になる」と約束して。ヤマトにはどうしても、生きなければならない理由があった。


 ここで死を選べば、恐らく命以外の全ての名誉は守られる。しかしバロッサの靴を舐めれば……絶対に命以外の全てを失う。


(迷う必要なんて、ないよな?)


 答えは決まり切っていた。


 何が大切なのか、考えるまでもなかった。

 ヤマトはバロッサの右足に顔を近づけると――徐ろに彼の靴を舐め始めた。


 一舐め二舐めではない。何度も何度も、靴が唾液で光沢を放ち始めるまで、舐め続けた。


「ハハハハ! こいつ、本当に舐めてやがるよ! そこまでして命が惜しいとか、男として考えらんねぇ!」


 皆に見られていることを忘れ、大笑いをするバロッサ。


 ヤマトの痴態を見ていた観客たちは、当然彼に落胆する。軽蔑する。

 結果……彼は『世界で二番目に強い男』から、『プライドを捨てた敗北者』へと成り下がったのだった。

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