1-2 スピラ神との出会い
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「あなたは、私を恨んでいない?」
ある日、彼女が俺に対して投げかけてきた問い。
対して俺は、こう返した。
「全く恨んでいません」
家族を殺されたのに、俺は彼女のことを全く恨んでいなかった。
彼女は正義、殺された彼らが悪。
俺はそう区別していた。
いや、正義というのはあまりにも安易な表現か。
その言葉で彼女の日々は語れない。
あまりにも綺麗に丸め込みすぎているだろう。
彼女が殺してきたニンゲンの数は、計り知れない。
それなのに、生のソレを殺すことに彼女は未だ怯えている。
そういう臭いが混じっていた。
そんな怯えを克服することなく、必死に押さえつける。
これは、誰にもできることじゃない。
そんな彼女を尊敬…、違うか。
ただただ、俺は知りたかった。
俺が初めて人を殺したのは、彼女に拾われて半年後。
違法薬物の密輸拠点。
警察が焦点を全く当てていなかった、表立った大企業の裏の顔だ。
都内某所…、オフィス街の一角にそれは在った。
俺はナイフ一本で蹂躙した。
血反吐を吐くほどの鍛錬の成果は、意外にもすぐに表れた。
息一つ乱さずに、俺は人を殺し尽くしたのだ。
「初めての殺人はどう?」
「…陰の僕にはぴったりな職業ですね」
「依頼を受けて、お金をもらうのが暗殺者としての職業よ。これは、ただのボランティアに過ぎないわ」
「じゃあ、何故あなたはこんなことをしているのですか?罪人を陰で裁いたとて、何もリターンはありませんよ」
「さあ…、何故こんなことをしているのでしょうね…」
「は、はあ…」
彼女は、自分を語らない。
過去を一つも見せてくれない。
臭いの混じり気は、どんどん増しているのに。
何か彼女に迫るものに、焦っているような、そんな印象。
彼女はどんな思いで、罪人を殺して来たのだろう。
何が彼女を突き動かしているのだろう。
この世を良くしたいから?
法の範疇に入らなった虫を駆除したかったから?
人を殺すのが楽しいから?
全部が、的を得てはいない。
結局、彼女を表現する言葉が思い浮かばない。
一緒にいればいるほど、謎は深まるばかりであった。
――結局、俺は彼女の全てを知ることはできなかった。
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「……チェさん!ルーチェさん!」
俺の身体を強く揺さぶる誰か。
俺の意識は、少しずつ覚醒していく。
「もう!ルーチェさんったら!氷水を頭にぶっかけますよ!」
「え…、誰?」
目を開けると、そこには金色の長髪を腰辺りまで下げた美女が。
以前にも同じような場面に遭遇したことがある気がする。
「私はスピラ。神様ですよッッ!」
腰に手を当て、豊満な胸を突き出して、彼女はそう名乗った。
周りを見れば、どこまでも真っ白な空間。
まるで雲の中にいるような感覚だ。
「成程、神様ですか」
「え…、嘘だ!とか言わないんですか?」
「ええ、嘘の臭いはしないので」
「嗚呼…、そういえばそうでした…」
暗殺を初めて、俺の【超嗅覚】は今まで以上に活躍を見せた。
頻繁に使用するようになってから、少々成長したようにも思える。
感情を捉える、嘘かどうかを判断する、迫りくる何かしらの危険を察知する。
主にこの3つを、俺は臭いでつかむことができる。
どうやら俺の能力は、神様にすら効果があるらしい。
「俺の能力を知っていたことから察するに…、ずっと見ていたのですか?」
「ええ、生まれた時からずっと。私はあなたのことを観察していたのですよ!」
「少々つまらなかったのでは?」
「いいえ。見ていてとても楽しかったですよ。常にあなたがどんな決断を下すのか…とても興味がありました。暗殺者となり、彼女と共に生きていくようになった時からは特に」
「嗚呼…、確かに刺激的なシーンが多かったかもしれませんね」
「それはそうかもしれませんね…。あなたはこの人生、楽しかったですか?」
「いつ死んでも良かったですから、楽しいも何もありません。彼女が亡くなった後は特にね。でも幸せではあったのではないでしょうか」
そう、彼女は亡くなった。
否、消えたというべきか。
俺を見てくれていたあの暗殺者は、俺の目の前で姿を消したのだ。
突如として降りてきた、紫色の雷にうたれて。
世界のあらゆる知識を押し込んだ俺の脳の中でも、証明できそうもない現象。
焼死体の欠片も残さずに、彼女はいなくなってしまった。
一つ確かなことは、彼女はもうこの世にはいないということだ。
そこから数年、俺は一人で罪人を殺して回った。
俺を突き動かす原動力は、彼女に対する疑問が大きい。
「ところで…、ここは何処でしょうか?」
「嗚呼!説明がまだでしたね!ここは死後の世界の、一歩手前というべきでしょうか」
「一歩手前?」
「私はここで、あなたを待っていたのです。あなたに依頼したいことがありまして」
「一体どんな?」
「簡単に言えば、とある者の暗殺です」
…暗殺か
。
罪人を陰で殺し尽くしてきた俺は、暗殺の依頼というものを受けたことがない。
勝手にこの世から不純物を処分し続けていただけだ。
「俺は暗殺を職業にしていた訳ではありませんよ。ただのボランティアです」
「ええ、それも十分わかっています。その上で、私はあなたにお願いしたい」
彼女の挙動…、目線や仕草から見るに、本気で懇願している。
臭いも今のところ大して変化はない。
神というのも、思っていたより俗っぽい。
「ふふっ、私の観察は済みましたか?」
「嗚呼、ごめんなさい。つい癖で」
「いいえ。あなたはそれで良いのですよ。彼女から学んだことは、生かすべきです」
そう、すべて彼女から学んだ。
暗殺に必要な知識は、多岐にわたる。
人間という生物の仕組み…、医学系はもちろん、文学、経済、法律、理工学、数学…。いくら挙げてもキリがない。
人間観察も、いつしか癖として身についてしまった。
「暗殺の依頼を受けるといっても、俺はすでに死んでしまった身。できることなんて何もないですよ」
「確かに地球で生きていたあなたは死んでしまいました。それは揺るがぬ事実です。しかしあなたの魂はこうして形を保っている。これは奇跡なんですよ」
「奇跡…。なぜ俺の魂がそんな大層なことを?」
「さあ…、何故こうなったのでしょうね…」
「は、はあ」
どうもここにも既視感がある。
どうにも思い出せそうにないのだが…。
「まあ、とにかく!私は神様、なんでもできるのです!だからこの力を使って、あなたを異世界へと転生させます!」
「異世界に転生ですか…」
「あら、驚かないんですか?」
「だから、あなたが嘘をついていないことがわかっていますから」
「嗚呼、そうでした…」
さっきも同じようなことを言っただろう。
異世界に転生…、ライトノベル等でありがちなやつか。
新作のアニメにも、同じような設定のものがたくさんあった。
暗殺に関する勉強の一環で、主要なものは読破済み。
一度、それの出版会社関連のターゲットを相手取ったことがあったから。
深夜の路地裏、帰宅途中に後ろから首を一刈り。
ただの単純な作業に過ぎなかったが、俺は当時のすべてを覚えている。
その時だけでなく、今までに殺した人間すべてを、俺は忘れないようにしてきた。
記憶にも残らない暗殺は、たとえ標的が罪人だとしても、ただの人殺しだと思うから。
俺は別にシリアルキラーというわけではない。
「転生…、ということは0歳からやり直すのですか?」
「そうなってしまいます。しかし、その世界は剣と魔法の世界。あなたの能力をフルに生かすことができる世界に違いないですよ!」
「剣は使ったことがありますが、魔法の経験はあるわけがないですよ…?」
「あなたにできないわけがないでしょう。どの方向にいる天才達にも正面から打ち勝てるあなたには」
「俺は正面からは挑みませんが…」
「もしも…の話です!」
俺を拾った彼女といい、この神様といい。
どうも俺のことを買いかぶりすぎな人が、たまにいるんだよな。
「それにしても…、ルーチェさんは私に対して演技をしないんですね」
「嗚呼、確かに素の自分で話していますね」
俺が素で人と対話をする。
幼い時に、臭いのまだ無かった家族と、そして亡くなった彼女くらいとしかしてこなかった。
俺自身を陰に潜ませるようになってから、そして罪人を殺し始めてから。
常に俺は演技をし続ける人生だった。
それにしても、何故かこの女神の前では演技をする必要が感じられない。
どうしてだろうか。
――少し、似ているからか?
…え、誰に?
本話も読んできただきありがとうございました。
作者 薫衣草のTwitter → @Lavender_522
最近の私のブームは、マックのグラコロです。
今の身体は、半分以上がグラコロでできています。
デミたまの方が特に美味しいので、ぜひご賞味あれ。
初めて食べようとしたとき、口が開かなさ過ぎて唇がバンズに激突しました。