1-1 すべてのはじまり
はじめまして、薫衣草です。
この度新連載をさせていただきます。
多くの方に読んでいただけますように。
俺は死んだ。
呆気ない幕引きだった。
気絶させたと思っていたターゲットが背後から拳銃の引き金を引き、放たれた弾丸が容易に俺の心臓を貫いたのだ。
着用していた防護ジャケットは、何の意味も成さなかった。
完全なる即死…、走馬灯の一つも流れやしなかった。
しかし、俺はいつ死んでもよかった。
暗殺者とはそういうものだ。
毎仕事、俺は遺書を書く。
一息をつく数秒後には、俺の命が消えているかもしれないから。
暗殺者とはそういうものだ。
命の重さが、誰よりも軽い生物。
他人のそれを簡単に奪うし、自分も奪われる立場。
18歳という若さでも、こんな簡単に死ぬことができるのだ。
俺が今まで奪ってきた命の数は、千を超える。
それらに対して俺の命一つが奪われるのは、代償としては足りるわけが無い。
思えば俺が暗殺者になったのは、12の時だった。
家庭は父、母、姉の4人。全員が根っからの日本人だ。
父親はとある金融関係の企業グループのトップであり、母は芸能プロダクションの社長、姉は有名タレントとして芸能活動をしていた。
彼らは全員が美男美女、欠点の一つもない完璧なニンゲン。
このような家は、環境が特殊であったり、複雑な事情が絡みがちだと思われる。
しかし、彼らは違った。
全員が同じ屋根の下で寝て、一緒に食事をとって、それぞれの職場へと赴く。
彼らの会話の中には、いつも笑顔が咲く。
幸せ円満の家族という絵を描けば、近いものができあがるのではないだろうか。
彼らは本当に、良い家族だったと思う。
俺はそこに、含まれない。
俺に誇れることは何もなかった。
否、誇りというものを何処かへ捨ててきた。
幼いころから、他人からはよく比較をされた。
彼らのスペックと比べて、君はなんなんだ…と。
対して、家族は俺のことを厳しく言ったりはしなかった。
「あなたにも良い所が沢山ある」と、俺を貶しはしなかった。
具体的に何処が…なんて野暮な質問は投げない。
別に、俺は彼らのことが嫌いではなかったから。
ただ、俺には彼らが眩しく見えた。
最初はそれで良かった。
小さな憧れが、まだ残っていたから。
眩しさが増せば増すほどに、――臭いが強くなっていた。
彼らのソレを認め始めてから、俺は自然と己をセーブするようになった。
誰よりも賢い頭脳と身体能力は、優れていると自覚した瞬間に奥底へと閉まった。
血筋の影響か、よくできた顔立ちは髪の毛で隠した。
人との関りを避け、殻に閉じこもり続けた。
彼らの光を、羨むことは一切なくなった。
逆に、俺はそれを避け続けるようになった。
光になれば、他のナニカに染められたときに、大きな波が生じてしまうから。
移ろいやすい、不安定さを抱くことになるから。
これは、卑屈になった果てではない。
俺はそんな人生を送ることに、十分満足していたから。
――しかし、突如として全てが崩れ去った。
とある平日、俺が学校から帰宅した、普段の日常。
俺はその夜、初めて一人っきりで家を守った。
待っても待っても、誰も帰ってこなかったのだ。
別に俺は、何もできない子どもではない。
家事は全てこなせるし、一人で生活することなど容易い。
しかし、12歳の俺にとってはあまりにも非日常的すぎた。
――ピンポーン。
家のベルが鳴った。
嗚呼、ようやく帰って来たのか。
鍵を忘れでもしたのだろうか。
俺は玄関に向かい、必死に背丈の上にある取っ手に手を伸ばす。
ガチャッッ
「君が、息子さんだね?」
「は、はい?」
そこにいたのは、陽が沈んだ時間にも関わらずサングラスをかけた女性。
日本人とは思えない、美しい金髪を携えた、モデルのような人だ。
母か姉の知り合いだろうか。
いや…、この人は違う。
とても、臭う。
幼いころから、様々な予感を臭いとして捉えることがあった。
形容し難い、様々なそれを嗅いできた。
【超嗅覚】…、俺はそう呼んでいる。
数秒後に大型のトラックが突っ込んで来る所から友達を退けたこともあれば、クラスの中で隠れて花瓶を割ってしまった人物を感知することもできた。
事象は大小様々だったが、とにかく感覚が鋭かったのだ。
そして、彼女から感じた臭い。
どす黒く、触れてはいけない、ごちゃ混ぜにされたナニカ。
父や母、姉から感じ取った臭いとは、似て非なるものだ。
「君に伝えなければならないことがあってね」
「な、何でしょうか?」
「君の家族の命を、私が奪ったわ」
「…はい?」
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その女は暗殺者だった。
暗殺の依頼を受け、俺の家族の命を奪った…というわけではない。
彼女自身の意思で、3人を殺害したらしい。
父は海外を経由した密輸や、裏社会とのコミュニティーの拡大。
母や姉は他芸能事務所を潰そうと躍起になり、色々やっていたらしい。
他殺、自殺、自然死含め、数十人が犠牲になっていると。
彼らは俺が臭いを感じ取るようになった、丁度そのころから悪事に手を染め始めていたようだ。
彼女にとってはカミングアウトだったが、俺は驚かなかった。
そんなことだろうと、わかっていた。自分の能力の精度はあまりにも高いから。
驚くことに彼女は、自分についてこないか…という提案をしてきたのだ。
戸籍上、俺も死んだことになってしまうらしいが。
俺はその提案に乗った。
行く当てもなければ、彼らが残した財産を俺が扱うことなどできなかったから。
それに、俺は彼女から感じるこの臭いを、もっと知りたかった。
俺の【超嗅覚】が捉えたものは、雑多が交じり合う、どす黒さを秘めている。
恐らく、血と怨念に染まる彼女の職業柄、黒が大半を占めているのだろう。
しかし、その中には他の感情も入り混じっていた。
俺は、彼女に交じったソレを知りたかった。
何が彼女を突き動かし、目標の定まらない迷宮に彷徨わせているのかを。
俺の家族を奪った彼女は、どのようなニンゲンなのだろうと。
「あなたには、これまでの名前も捨ててもらうことになる。ルーチェ…、そう名乗りなさい」
「ルーチェ…。イタリア語で『光』ですか?」
「流石、博識ね。その通りよ」
「僕のことも調べ尽くしているのでは?」
「ええ。陰に見せかけた本物の光。それがあなたよ」
「冗談でしょう?僕は父や母、姉に遠く及ばない劣等品だ。光なんて似合わないですよ」
「いいえ、あなたは光よ。人を導き救い手となれる光。あなたが自分を押さえつけようとしなければ、その眩しさは何よりも輝くものになる」
「…どうしてそんなことを?」
「そうね。言うなれば…、あなたの中に私を見たから…かしら」
暗殺者のイロハを、俺は全く知らない。
しかしターゲットについては、隈なく調べるだろうという予想はついていた。
だからターゲットに含まれていなくても、俺のことも調べはついているだろうと。
彼女は俺の奥底を見透かしていた。
俺に語り掛ける彼女の目は、俺の心を見つめていた。
俺はそれが、とても嬉しかった。
俺という人間を、ヒビの無い器としてみてくれているようで。
「あなたには、ルーチェの名を背負って暗殺をしてもらうことになる」
「俺は人を殺したことなんて…」
「できるわ。あなたにはできる。ヒトを殺す能力、頭脳、そして覚悟。すべてをあなたは持っているわ」
「俺はまだ12歳ですよ…」
「歳なんて関係ないわ。この世界は老人でも子供でも、簡単にヒトの命を奪うことができるように作られている。あなたもナイフ一本を握れば、立派な暗殺者よ」
彼女の言っていることは正論だ。
昨日まで一緒に笑っていたのに、既にその命が奪われているような、残酷な世界なのだから。
俺にも、奪う権利があるのだろうか。
「様々な技術は、全て私が叩き込む。これから厳しい毎日が続くと思うわ。でもいつか、あなたが一人前の暗殺者へと成長したその時に…」
少し先を歩く彼女が立ち止まり、俺の方へと振り返る。
サングラスを外し、俺を見つめてこう言った。
否、こう言った気がした。
――私を、探してほしい…と。
本話も読んでいただき、ありがとうございました。
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作者 薫衣草のTwitter → @Lavender_522
少しお久しぶりです。
【ユグより】の方は少しお休みをいただき、別の作品も書いてみよう…ということでその一作目。
他にもいくつか考えていたので、出す機会があればと思っています。
影使いのルーチェ、どうかよろしくお願いいたします。