ごちそうさま?
ルースが考えごとをしていると、部屋にお嬢様が駆け込んできた。
「――ルース、大変よぉ!」
「どうしたんです、お嬢様」
「私、知らなかったんだけど、今日はノアの誕生日なんですって」
「ああ、そうですね」
ゲームをやり込んでいたルースはそのデータを把握していた。
「知っていたなら、教えてくれればいいのに! プレゼントを用意していないわ」
「陛下の性格からして、ものを贈られても、あまり喜ばないんじゃないですか?」
キャラ設定では、そうでしたよ。むしろ戦略的に『プレゼントをあげない』という選択をするほうが、好感度が上がったくらいだ。
「でもね? 私だったら、誕生日はお祝いされたいわ」
「まぁお嬢様はそうでしょうけどね」
「だからノアのこともお祝いしたいの」
「そうですか……それじゃあご自身の体にリボンでも巻いて、『私がプレゼントよ』って言ってみたらどうです?」
適当にあしらおうとするルース。
ところが。
「それ、いいわね!」
ポンコツお嬢様が目を輝かせたので、『おい、正気か』とルースは思わず半目になった。さっきのは冗談のつもりだったのに。
「そうねぇ――バースデー・ソングを歌ってあげたら、喜ぶかもしれない。私、歌は結構上手なんだぁ。偽物の恋人同士とはいえ、お祝いしたいというこちらの情熱は伝わるわよね。買ったものではなく、私の歌声を贈る――まさに『私がプレゼントよ』作戦!」
えー……聞き手のルースは目元を引きつらせた。『私がプレゼントよ』と意中の女性から告げられた男性が、果たして『なるほど歌声を提供してくれるのか? それはどうもありがとう』という感想を抱くだろうか? ルースとしては、はなはだ疑問であった。
しかしここで、『でもチャンスでは?』という悪魔の囁きが聞こえる――氷帝がお嬢様の馬鹿げたサービス精神にどう向き合うのか、ちょっとした興味がなくもない。
そこでルースはお嬢様を着飾らせて、最後に胸のまわりに、ピンク色の可愛いリボンを巻いてやった。幅二十センチくらいの、特大のやつを。
その後氷帝のもとに突撃したお嬢様が、しばらく……とにかく、待つ身がつらくなるほどの時間が経過しても、ちっとも戻って来なかったもので、
「あ……まずったかも」
ルースは小さく呟きを漏らし、そそくさと自室に引き上げることにした。
なんとなく、結果を知るのが怖くなってしまったのだ。
だからその晩、お嬢様がどうなったのか、ルースは把握していないのである。
悪役令嬢のはずなのに、氷帝が怖いくらいに溺愛してくる(終)