ガーデンパーティ
その後間もなくして、ソフィアは皇宮に移り住むことになった。
そしてソフィアの皇宮生活もだいぶ落ち着いた頃。
皇宮主催の『春の訪れを祝う会』が開かれた。これは大規模なガーデンパーティーで、おもだった貴族が参加する公式行事である。
すでに皇宮に転居しているソフィアは会場が近いがゆえに油断してしまい、開始時間になっても支度を終えることができなかった。
とはいえまぁ、女性の身支度に時間がかかるというのは、上流社会では共通認識になっている。
だから遅れて参加したとしても、それで誰かに咎められるようなことはない。むしろ逆に、前のめりで時間より前にやって来るほうが『変わっている』と眉を顰められることもあるくらいだ。
ただし今回ソフィアは陛下の『恋人』として出席するわけなので、ふたりの関係性を周知する意味合いもあるわけだから、時間ぴったりに参加することが望ましかった。
そのためノアは彼女をエスコートするつもりでソフィアの自室を訪ねた。しかし彼はまさかの門前払いを食らってしまう。
一応、扉口まで出て来てくれたソフィアが、細く開けたドアの隙間から、
『ノア! 無理! 先に行って!』
と告げて、バタンと扉を閉めてしまったのだ。
これに彼は一瞬額を押さえたものの、『まぁソフィアだから仕方ないか』と気持ちを切り替えて、単身会場に向かった。
* * *
実のところ侍女のルースは貴族階級に属している。
彼女は元々ここガーランド帝国の出身で、子爵家の長女として生を受けた。
普通ならば貴族令嬢は年頃になると結婚して、実家を出る。ところがルースの場合は二十歳を越えても一向に縁談が纏まらなかった。一年、また一年――……いたずらに年月だけが過ぎ去り、周囲からの風当たりはどんどん強くなる。やがてルースは実家で厄介者扱いされることにも嫌気がさして、外国のマルツに渡ることに決めた。
それは何年も前、彼女が三十歳をいくつか過ぎてからのことである。
その後マルツで暮らし始めたルースはお嬢様と出会い、仕え始める。
そしてなんの因果か、こうしてふたたび自国へと戻って来た。そのためルースも出自的に『春の訪れを祝う会』への参加権を有しているのだった。
先日、お嬢様から、
「ねぇ、ルースも一緒に出ましょうよぉ!」
と誘われ、普段のルースならばこんな誘いには絶対に乗らないのだが、ここでちょっとした欲が出た。
……礼装した氷帝と、悪役令嬢ソフィア・ブラックトンのツーショットか……。
どんな感じになるのかしらね? しかもあの氷帝がまさかの甘々モードなわけでしょう? ゲームでの氷帝の冷ややかさを知っているからこそ、お嬢様を甘く見つめる彼にはゾクゾクする。しかも今日はふたりとも着飾っているわけだものね。
あー……見たい。強烈に見たい。
なぜこんなに欲望を駆り立てられるかというと、先日、氷帝の笑顔をこの目で見てしまったせいだ。――彼はお嬢様と一緒にいると、平素と違う顔を見せる。
ガーデンパーティーではさらにすごいものが見られるかもよ? 一度その考えに囚われてしまうと、頭にこびりついて離れなくなってしまった。
そんな訳で、鋼の意志を持つはずのルースがとうとう欲望に負け、
「……分かりました。出席します」
と答えていた。
ルースとしては悪魔に魂を売り渡したような心地であったが、それでも彼女は後悔していなかった。
氷帝のあのとろけるような笑みが見られるのならば、どんな責め苦にも耐えられる。それがファン心理というものだ。これは恋愛感情ではない。ルースからいわせれば自分のこの感情は、恋なんてものを凌駕した、もっと尊いものなのである。
そして本日。
ルースはルースで相応しい格好をする必要があったために、お嬢様の身支度を取り仕切ることができなかった。そんなこともあり時間が押しに押していた。
――いや、皇宮の侍女たちは皆優秀ではあるのだ。
しかしいかんせん、お嬢様の取り扱い方法がよく分かっていない。お嬢様はビシバシ厳しめに接するくらいでちょうどいいのだ。彼女の能天気なお喋りに付き合っていると、こんなふうに遅れが出てしまう。
先に自分の支度を終えたルースは、ようやくお嬢様の支度を手伝うことができた。のらりくらりとしているソフィアのかじ取りをルースがスパルタ方式で引き受けたため、その後はスムーズに進んだ。
こうして見事にドレスアップしたお嬢様に付き従い、ルースは庭園に出て行った。
あとは麗しい氷帝とお嬢様のツーショットを目に焼きつけ、ふたりのラブラブドキドキな触れ合いをそっと見守ることにするわ……つい頬が緩むルース。
ところが想定外の事態が起こる。
ガーデンパーティーに合流したふたりは、氷帝ノア・レヴァントがゲームヒロインであるマギー・ヘイズと抱き合っているのを目撃することとなったのだ。